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NHK大河ドラマに登場した足利義昭|歴代俳優一覧と出演作品まとめ

NHK大河ドラマに登場した足利義昭|歴代俳優一覧と出演作品まとめ

室町幕府最後の将軍といえば足利義昭

兄・足利義輝の暗殺という悲劇から始まり、織田信長に擁立されて将軍になるも対立して京を追われ、晩年は豊臣秀吉の話し相手として穏やかに過ごした61年の生涯。

「愚かな傀儡将軍」というイメージが長らく続きましたが、近年の研究や大河ドラマではより複雑な人物像として描かれるようになっています。

そこで本記事では、足利義昭が登場したすべての大河ドラマ作品を紹介!

演じた歴代俳優の一覧や、各作品での描かれ方もまとめて解説します!

NHK大河ドラマで放送された足利義昭の登場作品一覧(1965年〜2026年)

出典:Wikimedia Commons「Ashikaga Yoshiaki2.jpg」(足利義昭像〈古画類聚〉), Public domain, https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ashikaga_Yoshiaki2.jpg

出典:Wikimedia Commons「Ashikaga Yoshiaki2.jpg」(足利義昭像〈古画類聚〉), Public domain, https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ashikaga_Yoshiaki2.jpg

足利義昭が登場した大河ドラマは、1965年の『太閤記』から2026年現在放送中の『豊臣兄弟!』まで16作品です。

戦国時代から安土桃山時代を舞台にした大河ドラマには、ほぼ必ずといっていいほど顔を出します。

織田信長・豊臣秀吉・徳川家康・明智光秀と深く関わった室町幕府最後の将軍ですから、これだけ多くの作品に登場するのも納得です。

そんな足利義昭が登場した作品と演じた俳優を、表にまとめました。

NHKオンデマンドで見れるので、見返したい作品や気になる作品があればぜひ視聴してみてください。
※『太閤記』は1話のみ、『天と地と』は50話のみ、『国盗り物語』は総集編のみ。それ以外は全話配信中。

作品タイトル 放送年 演じた俳優 主人公
太閤記 1965 市村 家橘  
天と地と 1969 大出 俊  
国盗り物語 1973 伊丹 十三  
黄金の日日 1978 松橋 登  
おんな太閤記 1981 津村 隆  
徳川家康 1983 篠原 大作  
武田信玄 1988 市川 團蔵  
信長
KING OF ZIPANGU
1992 青山 裕一  
秀吉 1996 玉置 浩二  
利家とまつ
〜加賀百万石物語〜
2002 モロ 師岡  
功名が辻 2006 三谷 幸喜  
江 〜姫たちの戦国〜 2011 和泉 元彌  
軍師官兵衛 2014 吹越 満  
麒麟がくる 2020 滝藤 賢一  
どうする家康 2023 古田 新太  
豊臣兄弟! 2026 尾上 右近  

足利義昭登場作品と演じた俳優の一覧

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足利義昭を演じた歴代俳優一覧【全16作品・16名】

NHK大河ドラマで足利義昭が登場した作品は、前述のとおり16作品です。

演じた俳優も作品数と同じ16名

バックグラウンドが多様な俳優が揃っていることが、足利義昭役の特徴です。

各作品でどのような義昭が描かれてきたのか、見ていきましょう。

歴代の足利義昭俳優

複数回、足利義昭を演じた俳優

大河ドラマで、足利義昭を複数回にわたって演じた俳優はいません

16作品すべてで異なる俳優が起用されており、同じ俳優が再び演じたケースは一度もありません。

大河ドラマ全体では同一人物を同じ俳優が再演するケースもあるものの、基本的には毎回異なる俳優が起用されるのが通例で、義昭もその例に漏れていません。

足利義昭を1度だけ演じた俳優一覧

各作品で足利義昭を演じた俳優と、代表作・特徴を以下にまとめました。

 

俳優 作品タイトル 代表作・特徴
市村 家橘 太閤記
(1965年)
昭和の歌舞伎界で活躍した俳優(後の9代目市村家橘)。
舞台で培った存在感を活かし、将軍としての威厳を体現した。
大出 俊 天と地と
(1969年)
テレビドラマを中心に活躍した俳優。
NHK作品への出演も多く、端正な容貌で様々な役柄をこなした。
伊丹 十三 国盗り物語
(1973年)
俳優活動の後、映画監督に転身。『お葬式』『タンポポ』などで国際的な評価を得た。
本作での義昭は強烈な個性で視聴者の記憶に残った。
松橋 登 黄金の日日
(1978年)
舞台・テレビドラマで活躍した俳優。
落ち着いた演技で脇を支え、時代劇への出演経験も豊富。
津村 隆 おんな太閤記
(1981年)
テレビドラマを中心に活躍した俳優。
時代劇での経験も持ち、落ち着いた佇まいが特徴。
篠原 大作 徳川家康
(1983年)
テレビ・舞台で活動した俳優。
時代劇での確かな演技で知られた。
市川 團蔵 武田信玄
(1988年)
歌舞伎俳優(8代目市川團蔵)。歌舞伎で培った格調ある演技で、将軍の権威を体現した。
テレビドラマにも多数出演した。
青山 裕一 信長
KING OF ZIPANGU
(1992年)
テレビ・舞台を中心に活動した俳優。
信長主人公作品で、義昭の複雑な立場をしっかり演じた。
玉置 浩二 秀吉
(1996年)
ロックバンド「安全地帯」のボーカリストとして知られる歌手・俳優。
野心と滑稽さを同居させた独特の義昭像が強い印象を残した。
モロ 師岡 利家とまつ
(2002年)
映画・テレビドラマに幅広く出演する俳優。
個性的な脇役での存在感に定評があり、義昭の人間味をユニークに表現した。
三谷 幸喜 功名が辻
(2006年)
大河ドラマ『真田丸』『鎌倉殿の13人』などで知られる脚本家・演出家。
本作では俳優として出演し、コミカルで親しみやすい義昭を演じた。
和泉 元彌
〜姫たちの戦国〜
(2011年)
和泉流宗家に生まれた狂言師。
伝統芸能で培った独特のリズムと表現で、義昭を演じた。
吹越 満 軍師官兵衛
(2014年)
映画・テレビドラマに幅広く出演する実力派俳優。
舞台での活動も多く、本作では鞆の浦での義昭も含めて描かれた。
滝藤 賢一 麒麟がくる
(2020年)
テレビドラマ『半沢直樹』など多数の話題作に出演する実力派俳優。
覚慶時代から丁寧に描き、信長との対立で精神的に追い詰められていく義昭像が高い評価を得た。
古田 新太 どうする家康
(2023年)
劇団☆新感線を中心に活躍する舞台俳優。映画・テレビにも幅広く出演。
白塗り・特徴的な扮装で強烈な個性を放った義昭が話題になった。
尾上 右近 豊臣兄弟!
(2026年)
歌舞伎俳優として活躍する一方、テレビドラマや映画にも出演。
「従来の義昭像とは異なる、誠意と意欲を持って政治に向き合う将軍」として起用された。

足利義昭を演じた俳優と代表作・特徴

 

直近で特に印象に残っているのは、2020年の『麒麟がくる』で演じた滝藤賢一さんです。

従来の「愚かな将軍」というイメージを覆す繊細な人物像を作り上げ、信長との関係が壊れていく過程での崩れていくような演技がSNSでも話題になりました。

幼少期・青年期で俳優が分かれるケース

足利義昭の場合、幼少期と成人後で俳優が分かれた作品はありません

義昭は覚慶として奈良・興福寺で修行中、兄・義輝の暗殺をきっかけに還俗しているため、幼少期から描く作品があれば分かれる可能性もあります。

ただし、義昭が幼少期を過ごした時代(天文年間)を主軸に置いた大河ドラマはまだなく、現状では成人後の姿のみが描かれています。

俳優ごとの起用傾向と演技スタイル

かつて足利義昭が動座した鞆の浦

かつて足利義昭が動座した鞆の浦

足利義昭役に起用される俳優の顔ぶれを見ると、他の大河の主要人物役とは少し異なる特徴が見えてきます。

歌舞伎俳優(市村家橘・市川團蔵・尾上右近)、狂言師(和泉元彌)、ミュージシャン出身(玉置浩二)、脚本家(三谷幸喜)と、バックグラウンドが実に多彩です。

共通しているのは、したたかさと愛嬌を同時に体現できる個性の強さでしょう。

義昭は純粋な悪役でも英雄でもなく、将軍の権威を守ろうとする意地と、時勢に振り回される哀愁を持つ複雑なキャラクターです。

そうした役柄には、強い個性と確かな演技力を持ちながら、どこか人間的な温度を感じさせる俳優が起用される傾向があるのかもしれません。

足利義昭が主人公として描かれた大河ドラマは?

足利義昭が主人公として描かれた大河ドラマはまだありません

ただし、16作品すべてで脇役にとどまっているわけではなく、印象的な形で描かれた作品がいくつかあります。

なかでも特に注目度が高かった作品を見ていきましょう。

足利義昭が印象深く描かれた大河ドラマ

麒麟がくる(2020年)|覚慶時代から描かれた意欲作

  •  

2020年放送のNHK大河ドラマで、明智光秀(長谷川博己)を主人公とした作品。

足利義昭を演じたのは滝藤賢一さんです。

本作の義昭は、覚慶と名乗っていた僧侶時代から登場した大河ドラマとして初めての作品でした。

従来の「傀儡の暗君」というイメージとは大きく異なり、慈悲深く純粋に平和を願う人物として描かれました。

光秀にとっての「仰ぎ見る将軍」として機能しながらも、将軍就任後に信長との関係が次第に壊れていき、精神的に追い詰められていく過程が丁寧に描かれています。

信長から義昭への圧力が強まるにつれ崩れていく滝藤さんの演技はさすがでした!

どうする家康(2023年)|強烈な個性で話題に

  • Jun Matsumoto

2023年放送のNHK大河ドラマで、徳川家康(松本潤)を主人公とした作品。

足利義昭を演じたのは古田新太さんです。

白塗りの特徴的なメイクと独特の言い回しで、SNSを中心に話題を集めました。

劇団☆新感線で培った舞台的な表現力を活かした強烈なキャラクター造形は、戦国絵巻の中でも一際目を引く存在感を放っていました。

豊臣兄弟!(2026年)|新たな義昭像に挑戦

2026年現在放送中のNHK大河ドラマで、豊臣秀長(仲野太賀)を主人公とした作品。

足利義昭を演じているのは尾上右近さんです。

制作側は「従来の義昭像とは異なるキャラクター」と説明しており、自らの意思で政治に向き合い、誠意と意欲を持って行動する将軍像として描かれています。

歌舞伎俳優として培った格調ある佇まいと、現代的な人間味をどう組み合わせるか注目されています。

 

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大河ドラマの足利義昭によくある質問(FAQ)

大河ドラマに登場する足利義昭に関して、よくある質問をまとめました。

足利義昭によくある質問

足利義昭はなにをした人?

旧二条城跡石碑

足利義昭(1537〜1597年)は、室町幕府の第15代・最後の征夷大将軍です。

第12代将軍・足利義晴の次男として生まれ、幼少期から奈良・興福寺に入って覚慶と名乗る僧侶生活を送っていました。

しかし永禄8年(1565年)、兄の第13代将軍・足利義輝が三好三人衆らに暗殺されると、細川藤孝らに支援されて脱出し還俗。

明智光秀らの仲介もあって織田信長と接触し、永禄11年(1568年)に信長の力を借りて上洛し、第15代将軍に就任しました。

将軍就任後は、室町幕府の権威回復を目指して全国の大名との外交に力を入れました。

一方で信長との対立が深まり、武田信玄・朝倉義景・浅井長政らと連携していわゆる「信長包囲網」を築きます。

しかし、元亀4年(1573年)に信長に敗れて京都を追放され、室町幕府は実質的に滅亡。

その後も将軍の地位を手放さず、備後・鞆の浦に移って毛利氏を頼り、信長打倒の機会をうかがいました。

本能寺の変後は豊臣秀吉と講和して京都に帰還。

天正16年(1588年)に将軍職を辞任して出家し、慶長2年(1597年)に61歳で薨去しました。

室町歴代将軍の中では最も長命で、激動の時代を最後まで生き抜いた人物です。

織田信長と足利義昭が対立した理由は?

槙島城跡

両者の対立の根本には、室町幕府の権威回復を目指す義昭と、武力で天下を握ろうとする信長という、目指す方向の違いがありました。

将軍就任当初は蜜月関係にあった二人ですが、信長が幕府の実務に介入し義昭の権限を制限し始めると、対立が表面化していきます。

信長は元亀元年(1570年)頃から義昭の言動に対して「異見十七ヶ条」と呼ばれる意見書を提出するなど、厳しい姿勢を示しました。

危機感を抱いた義昭は、信長と対立していた武田信玄・朝倉義景・浅井長政・本願寺顕如らに書状を送り、連携して信長を挟撃しようとします。

しかし信長包囲網の要であった武田信玄が元亀4年(1573年)に死去したことで情勢が一変し、義昭は槙島城(宇治市)で挙兵するも敗れ、京都を追放されました。

足利義昭は最後どうなった?

出典:Wikimedia Commons「Ashikaga yoshiaki.jpg」(足利義昭), Public domain, https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ashikaga_yoshiaki.jpg

出典:Wikimedia Commons「Ashikaga yoshiaki.jpg」(足利義昭), Public domain, https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ashikaga_yoshiaki.jpg

京都追放後の義昭は、河内・紀伊・備後と各地を転々としながら、将軍の地位は保ったまま信長打倒の働きかけを続けました。

天正4年(1576年)には備後・鞆の浦(現在の広島県福山市)に移り、毛利輝元の支援のもと「鞆幕府」と呼ばれる体制を維持します。

ところが天正10年(1582年)の本能寺の変で信長が倒れ、天下の情勢は大きく変わりました。

信長の後継者として台頭した豊臣秀吉と交渉を重ね、天正15年(1587年)に秀吉と対面・講和して京都への帰還を果たします。

翌天正16年(1588年)、将軍職を朝廷に返上して出家し、「昌山」と号しました。

朝廷から准三后の称号を与えられ、秀吉からは1万石の所領を拝領。

晩年は秀吉の御伽衆(話し相手)として優遇され、文禄の役(朝鮮出兵)にも随行して佐賀まで赴いたとされています。

その後、慶長2年(1597年)8月、大坂にて61歳で薨去しました。

足利義昭の子孫は?

義昭の嫡男・足利義尋は、元亀4年(1573年)に義昭が信長に敗れた際、わずか1〜2歳で信長のもとへ人質として差し出されました。

その後、奈良・興福寺大乗院の門跡となり出家しましたが、後に還俗して2人の子をもうけました。

しかしその子(実相院義尊・円満院常尊)もともに仏門に入り子をなさなかったため、義昭の孫の代で足利将軍家の嫡流は断絶しました。

一方、室町幕府の関東支配を担った鎌倉公方系の足利氏の末裔は別の形で続きました。

古河公方の血を引く系統が豊臣秀吉の配慮で下野・喜連川の地を与えられ、江戸時代は「喜連川氏」として存続しています。

明治維新後は足利姓に復し、華族(子爵家)に列せられました。

足利義昭のゆかりの地は?

足利義昭ゆかりの地として、まず挙げられるのが奈良県奈良市の興福寺一乗院跡です。

義昭が覚慶として6歳から29歳まで修行し、兄・義輝の暗殺後に脱出した場所です。

現在、一乗院は大乗院とともに廃絶していますが、境内の一部が残り跡地を訪ねることができます。

周辺には、興福寺国宝館や奈良国立博物館、東大寺ミュージアムなど、歴史の息吹を感じられる場所が多く点在しています。

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京都では二条城(京都市中京区)が欠かせません。

織田信長が足利義昭のために建造した居館で、義昭はここを御所として上洛後の政務を行いました。

現在の二条城(徳川家康が建設)とは場所が異なりますが、信長が手がけた「二条城」の故地として歴史上重要な場所です。

また、義昭が信長と最後の戦いを繰り広げた槙島城跡(京都府宇治市槙島町)も義昭ゆかりの地として知られています。

元亀4年(1573年)7月、義昭はここで挙兵し信長に敗れ、室町幕府は実質的に幕を閉じました。

現在は石碑が残るのみですが、幕府滅亡の地として歴史的な重みを感じられます。

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さらに京都追放後に義昭が11年間を過ごした広島県福山市の鞆の浦も重要な場所です。

毛利輝元の支援のもと「鞆幕府」を樹立し、将軍として信長打倒の活動を続けた場所で、現在は鞆の浦歴史民俗資料館で関連資料を見ることができます。

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足利義昭の逸話を知りたいです

足利義昭には、その人柄がよくわかる逸話がいくつか残っています。

信長を「御父」と呼んだ感謝状

将軍就任直後、義昭は信長への感謝の書状を送りましたが、その中で3歳年上の信長を「御父」と呼んだとされています。

仏門育ちのお坊っちゃまらしい無邪気さとも、したたかな外交的配慮ともとれる行動として知られています。

この蜜月関係が5年ほどで対立に転じるのが、義昭の波乱の生涯を象徴しています。

信長からの「異見十七ヶ条」

織田信長が義昭に対して突きつけた「異見十七ヶ条(殿中御掟追加)」は、義昭の言動に対する注意書きとしてよく知られています。

名馬を手に入れれば差し出すよう要求する、幕府の資金を私的に使うなど、義昭の行動が周囲を困惑させていたことが記録に残っています。

将軍の権威を振りかざしながら自制心に欠ける義昭の姿が、信長との溝を広げていきました。

晩年は秀吉の話し相手に

信長とは激しく対立した義昭ですが、天下人・豊臣秀吉とは比較的良好な関係を保ちました。

将軍職を辞した後も優遇を受け、御伽衆(話し相手)として秀吉のそばに置かれました。

文禄の役(1592年)には秀吉の要請で佐賀(肥前名護屋)まで出向き、出兵する武将たちとともに過ごしたとも伝わります。

権力の座を失って初めてその人柄が活きた、義昭の意外な一面です。

足利義昭に関連する本でおすすめは?

足利義昭についてさらに深く知りたい方に、おすすめの本を紹介します。

【足利義昭と織田信長(中世武士選書40) 久野雅司 著】

一次史料に基づき、義昭と信長の関係を丁寧に分析した学術書です。

「傀儡将軍」という従来のイメージを検証しながら、義昭の政治的な行動の実態に迫っています。

信長との対立の背景を深く理解したい方におすすめです。

【信長と将軍義昭 連携から追放、包囲網へ(中公新書) 谷口克広 著 Kindle版あり】

信長と義昭の関係を「連携」から「対立・追放」「包囲網」へと至る流れで追った一冊です。

両者の関係の全貌を時系列で整理しながら理解するのに適しています。

【〈武家の王〉足利氏(歴史文化ライブラリー525) 谷口雄太 著 Kindle版あり】

室町将軍家が「武家の王」としてどのような権力構造を持っていたかを論じた研究書です。

義昭が最後まで将軍の地位にこだわった背景を、足利氏の政治史という文脈で考えるうえで役立ちます。

【戦国期足利将軍研究の最前線 山田康弘 編集・日本史史料研究会 監修 Kindle版あり】

戦国期の足利将軍に関する最新研究をまとめた論文集で、義昭を含む戦国期将軍の実像を多角的に論じています。

学術的な視点から深く掘り下げたい方におすすめです。

まとめ|大河ドラマで描かれてきた「足利義昭像」の変遷とその魅力

足利義昭は、1965年の『太閤記』から2026年現在放送中の『豊臣兄弟!』まで、16作品の大河ドラマに登場してきました。

初期の作品では「信長に利用された傀儡将軍」として描かれることが多かったものの、近年は人間的な複雑さや内面の葛藤に光が当たるようになっています。

「室町幕府最後の将軍」という肩書きが先行しがちな人物ですが、61年という長い生涯の中には、まだ大河ドラマが掘り起こしていない物語がありそうです。

次の足利義昭は、だれがどんな形で演じることになるのか!?

 

では今回はこの辺で。
ここまで読んでいただきありがとうございました!




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