
三好長逸(みよし ながやす)は、三好三人衆の筆頭格として活動した人物です。
三好長慶の従叔父として三好政権を支えた、松永久秀と並ぶ重臣でした。
ゲームの「信長の野望」シリーズでも、三好三人衆の一人として必ず登場します。
三好三人衆は、3人とも能力値はそれほど高くはないので、あまり注目されなない武将かもしれませんが、その経歴を知れば愛着が湧いてくるかもしれません。
そこで本記事では、大河ドラマやゲームの「信長の野望」シリーズの話も交えながら、三好長逸の生涯や魅力を解説します。
三好長逸の出自・功績・逸話
三好長逸は、戦国時代に三好一族の長老的立場から三好政権を支えた重要な武将です。
| 名前(読み方) | 三好長逸(みよしながやす) |
|---|---|
| 別名/渾名/二つ名 | 孫四郎、長縁、北斎宗功 |
| 生年 | 永正13年(1516年) |
| 没年 | 不明(元亀4年/天正元年(1573年)頃消息不明) |
| 父 | 三好長光または三好長則(諸説あり) |
| 母 | 不明 ※天文19年(1550年)10月に死去 |
| 兄弟姉妹 | 不詳 |
| 妻 | 革島氏出身の可能性あり |
| 子 | 三好長虎(弓介、後に生長と改名) |
以降では、三好長逸の生涯や功績を詳しく見ていきましょう。
出自
三好長逸は永正13年(1516年)、阿波国三好郡で生まれました。
阿波守護代の家柄である三好一族の出身で、父親については三好長光または三好長則とする説があります。
どちらも三好之長の子にあたり、永正17年(1520年)に等持院の戦いで細川高国に敗れて戦死しています。
また、三好長慶の曽祖父にあたる三好之長の孫として、長慶の従叔父という血縁関係にありました。
幼少時は阿波で過ごしたと伝わりますが、詳しい生い立ちははっきりしていません。
家族や親類
長逸の父親については複数の説があり、史料によって記述が異なります。
『三好長光画像模本』に長逸の賛文が記されていることから、三好長光が父である可能性が高いとされています。
母親の素性は不明ですが、『如意寺過去帳』によると天文19年(1550年)10月に亡くなったようです。
息子の三好長虎は弓介とも呼ばれ、後に生長と名を改めて父と共に活動しました。
妻については、『フロイス日本史』で革島ジョアンが長逸の甥とされることから、革島氏出身の可能性が指摘されています。
内政や合戦での功績
長逸は若き日の三好長慶を支え、三好氏の勢力拡大に大きく貢献しました。
天文18年(1549年)の江口の戦いでは細川晴元方の香西元成を攻撃し、翌年の東山の戦いでも活躍しています。
天文21年(1552年)には長慶と足利義輝の和睦で送迎役を務めるなど、外交面でも重要な役割を担いました。
永禄元年(1558年)頃までには山城飯岡城主に任ぜられ、山城南半分の統治を任されています。
永禄3年(1560年)には従四位下に叙せられ、長慶の弟や息子よりも早く昇進するなど、家中での地位の高さが示されました。
長慶が芥川山城から飯盛山城へ移った際は、芥川山城の実質的な城代として重要な拠点を守りました。
晩年と最期
永禄7年(1564年)に三好長慶が死去すると、長逸は三好宗渭、石成友通と共に三好三人衆を結成しました。
若年の三好義継を後見する立場でしたが、永禄8年(1565年)5月19日に足利義輝を襲撃・殺害する永禄の変を起こします。
その後、松永久秀と対立して三好家は内紛状態に陥り、長期間にわたって戦いが続きました。
永禄11年(1568年)、織田信長が足利義昭を擁して上洛すると、三人衆は抵抗しましたが敗北して阿波へ退散します。
石山本願寺や反織田勢力と連携して抵抗を続けましたが、元亀4年(1573年)に摂津中嶋城で織田軍に敗れて消息不明となりました。
つまり、その生死についてははっきりとしていないのです。
押さえておきたいエピソード
三好長逸にまつわる逸話は、以下を押さえておくといいでしょう。
- 宣教師ルイス・フロイスから「生来善良な人」「教会の友人」と評価され、外国人宣教師の保護を行った(三好三人衆の他2人とは真逆の評価)
- 松永久秀との交戦中にも関わらず、京都から追放される宣教師に護衛をつけて堺まで送り届けた
- 「天下の4人の執政のうちの1人」とフロイスに称され、堺に豪華で立派な邸宅を所有していた
- 三好一族の生き証人として、細川氏の内乱で多くの一族を失った中を生き抜いた経験豊富な武将だった
- 足利義栄が14代将軍に就任した際は御供衆に名を連ね、三好宗家当主と同格の立場を得た
ほかにも興味深いエピソードがあれば教えていただきたくっ!
信長の野望シリーズでの三好長逸
「信長の野望」シリーズといえば、戦国時代のシミュレーションゲームでおなじみです。
ここでは、「信長の野望」シリーズのなかでもおすすめのタイトルで、三好長逸の能力がどのように設定されているのかを見ていきましょう。
タイトル別能力
三好長逸の各タイトルでの能力値は以下で設定されています。
ちなみにゲーム上での名前の読みは、一貫して「みよしながゆき」です。
これいつになったら修正されるんだろう??
| タイトル | 政治 | 知略 | 武勇 | 統率 |
|---|---|---|---|---|
| 信長の野望・創造PK | 56 | 64 | 60 | 65 |
| 信長の野望・創造 戦国立志伝 | 56 | 64 | 60 | 65 |
| 信長の野望・大志 | 内政56 外政60 |
64 | 59 | 64 |
| 信長の野望・新生 | 56 | 58 | 52 | 60 |
タイトルごとの所持戦法や特性は以下のとおりです。
| タイトル | 戦法 | 特性・個性 | 志 | 奉行特性 |
|---|---|---|---|---|
| 信長の野望・創造PK | 怒号 |
|
- | - |
| 信長の野望・創造 戦国立志伝 | 怒号 |
|
- | - |
| 信長の野望・大志 | 用心 補佐:斥候 |
|
所領拡大 | - |
| 信長の野望・新生 | 底力 |
|
- | 三好伝 (天下人の大権) |
ゲーム内で向いている役割
「信長の野望」シリーズでは、平均的に有能な武将として設定されています。
三好三人衆は3人とも中途半端な能力に設定されているのが、少し納得いかない……。
三好三人衆に総じていることですが、固有の戦法や特性は持っていません。
「信長の野望・創造PK」と「信長の野望・創造 戦国立志伝」の怒号や「信長の野望・大志」の用心のように、攻撃担当というよりは、防御・バフ解除担当として重宝します。
「信長の野望・新生」では混乱持ちになったので、より使いやすくなっている印象があります。
政治力は50前後と平凡ですが、「信長の野望・新生」の場合、奉行特性が固有の「三好伝」。
「三好伝」は天下人の大権を発動し、一門が城主の場合は城の能力が上昇、一門が軍団長のときは軍団能力が上昇します。
もともと畿内を制覇している三好家なので、効果の大きい奉行特性と言えるでしょう。
『信長の野望・新生』では知略と武勇が落ちて50台になってしまったのが残念……。
いずれにしても、三好家の序盤では、城主や部隊長として十分な働きをしてくれるはずです。
大名プレイの場合、永禄の変で足利義輝を殺害したように、将軍家をぶっ潰すところから始めましょう。
信長の勢力が伸びてくるまでに、畿内全域を完全制覇するのがいいでしょう。
ただし、越前まで手を伸ばすか、浅井・朝倉と手を組むか、この辺りは悩みどころかもしれません。
三好長逸プレイにおすすめのタイトル
三好長逸プレイにおすすめの「信長の野望」シリーズは、以下4つのタイトルです。
それぞれでおすすめポイントが異なるので、プレイスタイルに合うものを選びましょう!
| タイトル | おすすめポイント |
|---|---|
| 信長の野望・創造PK |
|
| 信長の野望・創造 戦国立志伝 |
|
| 信長の野望・大志 |
|
| 信長の野望・新生 |
|
「信長の野望・創造 戦国立志伝」以外のタイトルの場合、大名プレイをするには以下どちらの方法が必要な点に注意してください。
三好長逸が登場する小説・書籍・アニメなど
三好長逸が主人公の作品はおそらくありません。
三好三人衆セットでの扱いが多く、三好長逸に焦点を当てたシーンはなかなか無いかもしれません。
三好長逸が登場するおもな作品や書籍は以下のとおりです。
- 『信長の忍び』 2008年~ 重野なおき
戦国4コマ漫画で三好三人衆の一人として登。三好三人衆は、三人とも顔のデザインが塗りつぶされた目にひょっとこ口で統一されているのが、ちょっと可哀想w
リンク - 『戦国武将列伝8 畿内編【下】』(2023年)編:天野忠幸
三好長逸の章が収録されるなど、畿内を中心に活躍した戦国武将たちの生き様を詳述した戦国武将列伝シリーズ。戦国時代好きならぜひ手に取っていただきたい一冊です。
リンク - 『地図と読む 現代語訳 信長公記』 2019年 著:太田牛一、翻訳:中川太古
信長の旧臣・太田牛一が記した信長の一代記で、三好長逸も数ヶ所出てきます。現代語訳し、地図とともに読みやすく編集されている点がおすすめの書籍です。
リンク
大河ドラマでの三好長逸
大河ドラマでは、以下の2作品に登場歴があります。
大河ドラマでも三好三人衆は一括り扱いのようです。
そのため、三好長逸個人としてのエピソードより、3人揃っての政治的あるいは軍事的役割に焦点が当てられることが多そう。
三好長慶が主人公の大河ドラマが制作されれば、長老・長逸の扱いも変わりそうですけどね。
2026年の『豊臣兄弟!』でも登場するかもですが、三人でセットの扱いになりそうな予感……。
名前だけでも触れてあげて!
ゆかりの地:三好長逸と歴史を感じる場所
三好長逸のゆかりの地を紹介します。
芥川山城(大阪府高槻市)
芥川山城は三好長逸が城代を務めた重要な拠点で、三好政権の中心的な城郭でした。
大阪府高槻市の三好山(標高182.6m)にあり、現在は国の史跡に指定されています。
三好長慶が河内飯盛山城へ移った後、息子の義興が不在の際に長逸が実質的な城主として管理していました。
織田信長の上洛時には細川昭元と共に籠城しましたが、最終的に阿波へ退散することになった場所でもあります。
現在も曲輪、堀切、石垣などの遺構が良好に残っており、戦国時代の典型的な山城として見学できます。
東大寺(奈良県奈良市)
東大寺は永禄10年(1567年)の東大寺大仏殿の戦いで三好長逸ら三好軍と松永久秀が激突した舞台です。
奈良県奈良市にあり、華厳宗の総本山として知られる古刹(由緒ある寺院)です。
三好三人衆が松永軍の攻撃を受けにくいと考えて東大寺に陣を張りましたが、松永軍の夜襲により大仏殿が焼失した話は有名でしょう。
この戦いは「三好・松永の兵火」とも呼ばれ、貴重な文化遺産が失われた合戦として記録されています。
現在の大仏殿は江戸時代に再建されたもので、今でも多くの参拝者が訪れています。
木津城(京都府木津川市)
木津城は戦国時代末期に三好三人衆の勢力下にあった山城で、三好長逸とも関わりのある城です。
京都府木津川市の木津川左岸の城山にあり、現在は木津城址公園として整備されています。
大和国と山城国を結ぶ要衝に位置し、三好勢力が畿内支配を維持する上で重要な拠点でした。
永禄11年(1568年)の織田信長入京後は使われなくなりましたが、三好氏の勢力範囲を示す城跡として価値があります。
現在は散策路が整備され、空堀や土塁などの遺構を見学しながら、戦国時代の城郭構造を学ぶことができます。
三好長逸の生涯と功績まとめ
三好長逸は、三好宗渭・石成友通と共に三好三人衆の一人であり、三好一族の長老として三好政権を支えた武将です。
三好長慶の従叔父という立場から、主君・長慶を支えて三好氏の畿内制覇に大きく貢献しました。
永禄の変で足利義輝を襲撃した中心人物として歴史に名を残していますが、宣教師フロイスからは善良な人物として評価されるなど、三好三人衆のなかでも多面的な人格を持った武将と言えるかもしれません。
織田信長との戦いで行方不明になったのち、消息がわからないという謎めいた部分も個人的には惹かれます。
「信長の野望」シリーズでは、全体的に平均よりやや上で、智謀・軍事が得意な武将として設定されています。
ゲームであれば、三好家を支える長老的役割だけでなく、大名として天下統一を目指しせます。
主君・長慶死後の三好家を引き継ぎ、打倒織田家、天下統一を目指しましょう。
では今回はこの辺で。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
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