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「綺麗さび」を極めた文化大名、小堀遠州の生涯と魅力 - 大河ドラマや信長の野望で知る戦国武将

「綺麗さび」を極めた文化大名、小堀遠州の生涯と魅力 - 大河ドラマや信長の野望で知る戦国武将

小堀遠州(政一)は、茶道の宗匠というだけでなく、建築家、作庭家、書家としても卓越した才能を発揮した稀代の文化人です。

さらに、武将・行政官としても辣腕を振るい、戦国から江戸初期という激動の時代を生き抜いた、まさに八面六臂の活躍をした人物でした。

本記事では、大河ドラマやゲームの「信長の野望」シリーズの話も交えながら、小堀遠州の生涯や最新情報を解説します。

小堀遠州の出自・功績・逸話

小堀遠州は、備中松山城主、近江小室藩初代藩主として知られる戦国武将です。

その一方で、「綺麗さび」と呼ばれる独自の美意識を確立し、茶道「遠州流」を創始した名高い茶人でもありました。

名前(読み方) 小堀政一(こぼり まさかず)
別名/渾名/二つ名 小堀遠州、宗甫、孤篷庵、大有
生年 天正7年(1579年)
没年 正保4年2月6日(1647年3月12日)
小堀正次
磯野員昌娘
兄弟姉妹 氏輝、正行、正長、正春、宗栄、伊東某室、田中某室
正室:藤堂高虎養女
側室:三沢局(三沢為毗の娘)
正之、政尹、政孝、政貞、多羅尾光忠、平岡頼資正室、池田重政正室、平井某室、下間某室、小堀正憲室ら

以降では、小堀遠州の生涯や功績を詳しく見ていきましょう。

出自

小堀遠州は、1579年(天正7年)に近江国(現在の滋賀県)で生まれました。

小堀家は藤原氏を本姓とし、近江国坂田郡小堀村(現在の滋賀県長浜市)に居住したことから村名を姓としたと伝えられています。

幼名を作助と名付けられ、元服後に正一、その後に政一と改名しました。

父・小堀正次は、浅井氏に仕えていましたが、浅井氏の滅亡後、羽柴秀吉の弟・秀長の家臣となりました。

「遠州」の名は、後に従五位下遠江守に任ぜられたことに由来します。

家族や親類

小堀遠州は、正室に藤堂高虎の養女を迎え、側室として三沢為毗の娘・三沢局を迎えています。

多くの子女に恵まれ、男子では正之、政尹、政孝、政貞らがいます。

女子は平岡頼資や池田重政の正室となるなど、婚姻を通じて周辺の有力者との関係を築きました。

内政や合戦での功績

遠州の功績は、行政官としての手腕と文化人としての才能が見事に融合したものでした。

1604年に父の遺領である備中国1万2,460石を継いだ後、駿府城普請奉行、河内国奉行、近江国奉行、伏見奉行、上方郡代など、重要な役職を歴任しています。

作事奉行としては、駿府城の修築名古屋城天守後陽成院御所など、数々の重要建築の造営を手がけました。

また、関ヶ原の戦いでは東軍として参戦し、その功により父から継いだ領地を安堵されています。

晩年と最期

晩年の遠州は、伏見奉行として政務をこなしながら、茶の湯の追求に励みました。

三つの茶室「松翠亭」「転合庵」「成趣庵」を設け、伏見城の礎石を利用した庭園を造るなど、文化人としての才能を遺憾なく発揮しました。

生涯で約400回の茶会を開き、招いた客は大名・公家・町人など、身分を超えて延べ2,000人にも及んだといいます。

そして1647年(正保4年)2月6日、69歳でその生涯を閉じました。

押さえておきたいエピソード

小堀遠州の魅力を語る上で、以下のエピソードは外せません。

  • 【千利休との出会い】
    遠州が10歳のとき、郡山城で千利休の点前を見学したことが、茶の湯への開眼のきっかけとなりました。
  • 【水琴窟の考案】
    わずか18歳で「洞水門」(後の水琴窟)を考案。師の古田織部を驚かせ、「遠州は名人になるべき人なり」と言わしめました。
  • 【綺麗さびの確立】
    利休や織部の侘び寂びとは異なる、優美さと寂びを調和させた独自の美意識を確立しました。
  • 【駿府城普請奉行としての功績】
    慶長13年(1608年)に駿府城普請奉行を務め、その功により従五位下遠江守に叙任されました。この官位により「遠州」の名で呼ばれるようになります。
  • 【後陽成院御所造営の総責任者】
    1616年(元和2年)、第107代後陽成天皇の御所造営を命じられ、総責任者として腕を振るいました。
  • 【茶道具への造詣】
    「中興名物」の選定や、高取、志戸呂、丹波、膳所などの茶陶の指導にも携わり、独自の意匠による茶道具の制作を行いました。
  • 【名古屋城天守閣建設への関与】
    名古屋城天守閣の建設に作事奉行として携わり、その建築技術は高く評価されています。
  • 【金地院東照宮の造営】
    将軍の側近・以心崇伝の住坊である南禅寺塔頭金地院では、東照宮や富貴の間、茶室の設計を手がけ、独自の建築様式を確立しました。
  • 【伏見奉行所の改革】
    1623年(元和9年)に伏見奉行に任命された後、伏見城南方清水谷にあった奉行所を伏見城西方常磐町に移転新築し、行政の効率化を図りました。

信長の野望シリーズでの小堀遠州

信長の野望」シリーズといえば、戦国時代のシミュレーションゲームでおなじみです。

ここでは、「信長の野望」シリーズのなかでもおすすめのタイトルで、小堀遠州の能力がどのように設定されているのかを見ていきましょう。

タイトル別能力

小堀遠州の各タイトルでの能力値は以下で設定されています。

タイトル 政治 知略 武勇 統率
信長の野望・創造PK 72 76 49 47
信長の野望・創造 戦国立志伝 72 76 49 47
信長の野望・大志

内政:71
外政:74

74 48 46
信長の野望・新生 71 77 41 53

タイトルごとの所持戦法や特性は以下のとおりです。

タイトル 戦法 特性・個性 奉行特性
信長の野望・創造PK 神速
  • 能吏
- -
信長の野望・創造 戦国立志伝

神速

  • 能吏
- -
信長の野望・大志 激励
補佐:堅固
  • 計量知見
所領拡大 -
信長の野望・新生 治療
  • 修繕
  • 数寄
- 作事奉行
(裁量権委譲)

ゲーム内で向いている役割

信長の野望」シリーズでは、政治能力と知力に優れた武将として描かれています。

「計量知見」や「修繕・数寄」といった特性は、史実での建築・文化面での才能を表現したものといえるでしょう。

特に「数寄」は、たまに家宝を拾ってきてくれるので助かります。

一方で戦闘に関するステータスは低いので、内政官として起用するのが最適です。

もし大名プレイや部隊長で、戦場に出す場合は、武勇・統率の高い家臣を必ず就けてあげましょう。

ただし、注意したいのが登場年です。

戦国の時代は終わり、江戸時代が始まる直前にあたる1594年にならないと出てきません。

つまり仮想シナリオを除けば、ゲーム開始から遊ぶには、1594年以降に始まるシナリオでなければ遊べないことになります。

羽柴秀吉あたりでプレイしたとしても、10年くらい待たないと出てきてくれません。

江戸時代に活躍した人物なので仕方ないですが、桶狭間の戦いのころのシナリオで始めてしまうと登場させる前に天下統一してしまうので注意しましょう!

小堀遠州プレイにおすすめのタイトル

小堀遠州プレイにおすすめの「信長の野望」シリーズは、以下4つのタイトルです。

それぞれでおすすめポイントが異なるので、プレイスタイルに合うものを選びましょう!

タイトル おすすめポイント
信長の野望・創造PK
  • 内政と軍事、どちらもほどよく楽しめる
  • 複雑すぎないゲームシステムで遊びやすい
  • 築城で支城を作れば戦略の幅が広がり、より楽しくなる
信長の野望・創造 戦国立志伝
  • 大名プレイのみならず家臣プレイも堪能できる!
  • ゲームシステムは創造PKを踏襲しているので遊びやすい
  • 異次元世界にある領地を発展させるのが楽しい!
    (個人的には、領地の兵力はあまり増やさないほうが楽しめる)
信長の野望・大志
  • 戦国時代のリアルな戦闘の雰囲気を味わえる野戦が楽しい!
  • 「志」システムが大名の個性を引き出している
  • 他国との外交が天下統一への肝になっているところに現実味がある
  • 正室以外に側室も設定できるのがうれしいw
信長の野望・新生
  • 籠城戦はシリーズNo.1の作りこみ!籠城戦楽しい!
  • 大志同様、外交戦略も必要な点にリアルさを感じる
  • コツさえわかれば小国でも乗り切れる(序盤はかなりきつい)
  • 武将ごとに設定された「奉行特性」は、効果の説明を読むだけでワクワクするw

 

小堀遠州プレイでの注意点

信長の野望・創造 戦国立志伝」以外のタイトルの場合、大名プレイをするには以下どちらの方法が必要な点に注意してください。

  • 大名プレイをするには、元々仕えている大名の娘婿になり、大名を隠居して家督を継がせる必要がある
  • 信長の野望・大志」(PK版のみ)や「信長の野望・新生」の場合、ゲーム開始前に大名を変更する。

個人的には、「信長の野望・創造 戦国立志伝」で豊臣家の家臣スタートで下克上を起こすか、「信長の野望・新生」で有能な行政官として重用するのがおすすめ!

 

小説・映画・書籍に見る小堀遠州

続いて、各メディア作品で小堀遠州に関するものをピックアップしておきます。

興味がある書籍や作品があればぜひ!

登場する小説

  • 『孤篷のひと』 2019年、葉室麟著
    千利休、古田織部と対照的な「天下泰平の茶」を目指した遠州の生涯を描いた歴史小説。利休のような求道的な厳しさではなく、しなやかな生き方を見せた遠州の姿勢が印象的な作品です。

登場するマンガ

  • 『へうげもの』 2005年~2017年 山田芳裕
    古田織部を主人公とした作品で、弟子の一人として小堀遠州も重要な脇役として登場します。遠州は幼い頃から独自の美意識を持ち、明智光秀によって白く塗られた安土城を原点に持つ人物として描かれています。

小堀遠州がテーマの書籍

  • 『利休・織部・遠州 くらべる茶の湯』 2023年、神津朝夫著
    千利休と古田織部、そして小堀遠州。三者三様の茶風を比較することで、茶の湯の発展過程を解き明かす意欲作です。「茶碗」「花と花入」などの項目ごとに、各茶人の美意識の違いを図解入りでわかりやすく解説しています。

  • 『新・小堀遠州の書状』 2017年、小堀宗実著
    遠州が残した書状を通じ、古田織部、松花堂昭乗、伊達忠宗など、当時の文化人や大名とのネットワークを読み解く一冊です。紫衣事件で配流となった澤庵宗彭と、処罰を主導した金地院崇伝の双方と親交があった遠州の苦悩なども描かれています。

  • 『小堀遠州 綺麗さびの極み』 2006年、小堀宗実・熊倉功夫・磯崎新著
    庭造りの名人、名建築家、茶の宗匠、そして有能な政治家という多面的な才能を持つ遠州の全貌に迫った書籍です。彼の"綺麗さび"の世界を探求できる作品です。

登場する映画やドラマ(NHK大河ドラマ以外)

  • アニメ『へうげもの』 2011年~2012年 NHK BSプレミアム 声優: 勝杏里
    マンガ『へうげもの』を原案とするアニメ。全39話で、原作の利休切腹(第9巻)までが描かれ、小堀遠州も登場します。主題歌はいわくつきだったり(途中変更)、マンガ版は当初原作とされていたのが原案に変わったり、いろいろあったけど、戦国時代の裏側を楽しめる作品であることに間違いなし。

  • 大倉孝二

大河ドラマでの小堀遠州

NHK大河ドラマで小堀遠州が登場した作品は、現時点ではありません

江戸時代を中心に活躍した人物なので、戦国時代が中心の作品が多い大河ドラマでは、登場機会に恵まれないのが残念です。

この時代でも、千利休や古田織部など、安土桃山時代以降の文化・芸能にスポットを当てた作品であれば出てきてもおかしくないのですが。

ただし、2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』であれば、もしかしたら登場するかもしれません。

主人公・秀長の家老だった父の小堀正次が登場すれば、その子として登場、という流れですが……実際にはこれも厳しい。

だって秀長、1591年に亡くなっちゃうから……。

かなり望み薄ですが、もし名前だけでも耳にしたら、SNSなどで盛大に出演のお祝いをしてあげましょう!

ゆかりの地:小堀遠州と歴史を感じる場所

小堀遠州のゆかりの地を3つ紹介します。

大徳寺孤篷庵(京都府京都市)

大徳寺の塔頭のひとつである孤篷庵は、小堀遠州が慶長17年に江月宗玩和尚を開山として創立しました。

当初は竜光院内にありましたが、寛永20年に現在地に移されました。

「忘筌の間」は客殿の西北部にある12畳の広間で、庭に面する板縁の先には地上136センチの高さに中敷居を通し、その上部に明り障子4枚を配置するという、遠州ならではの洗練された意匠が特徴です。

なお、現在の建物は寛政5年の火災後、松平不昧の援助により旧様式を踏襲して再建されたものです。

南禅寺金地院(京都府京都市)

将軍の側近・以心崇伝の住坊である南禅寺塔頭金地院。

小堀遠州は、東照宮や御祈祷殿(方丈)側の富貴の間、茶室および庭園の設計に携わりました。

特に金地院方丈南庭の「鶴亀庭」は、遠州の作庭の代表作として知られています。

さまざまな形の切石を組み合わせた、大きな畳石と正方形の切石を配置した空間構成は、それまでには見られない革新的なものでした。

また、樹木を大胆に刈り込み、花壇を多用し、芝生の庭園を作るなどの工夫には、西洋の影響も指摘されています。

備中松山城(岡山県高梁市)

関ヶ原の戦いでの功により、父・小堀正次が拝領した備中松山城は、その死後、遠州が継承しました。

遠州は城の再建工事を手がけ、備中国一万二千四百石の領主として、鉄・銅の産出と輸送、備中檀紙の生産・集荷体制の確立、松山城下町の整備など、多岐にわたる政策を実施しました。

また、遠州が考案した「高梁ゆべし」は、地元産の柚子を活用した郷土菓子として知られています。

柚子、もち米粉、水飴、砂糖などを原料とし、餅のようなモチモチとした食感と、表面にまぶされた砂糖が特徴的で、薄黄色から白っぽい色をしています。

現在でも県内産、特に高梁市内産の柚子が使用され、土産菓子としてだけでなく、地元では健康食品としても親しまれているそうです。

備中松山城に訪れた際は、お土産のひとつにぜひ!

 

小堀遠州の生涯と功績まとめ

小堀遠州は、茶道・建築・作庭・書道など、あらゆる分野で卓越した才能を発揮した稀代の文化人でした。

綺麗さび」と呼ばれる独自の美意識を確立し、利休や織部とは異なる新たな茶の湯の境地を切り開きました。

一方で、備中松山城主や近江小室藩主として行政手腕を振るい、作事奉行として数々の重要建築を手がけるなど、武将・行政官としても多くの功績を残しています。

戦国時代が中心のゲームでは、登場する時期が遅く、戦闘力も低いため、影が薄い存在になりがちです。

しかし、戦乱から平和に移り変わる社会の裏側で醸成された文化の立役者の一人です。

今にも代々伝わる茶道の大家として大成した小堀遠州に、興味を持ってもらえたらうれしいです!

 

では今回はこの辺で。
ここまで読んでいただきありがとうございました!




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