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信長暗殺を何度も計画した謀将・遠藤直経の生涯と魅力 - 大河ドラマや信長の野望で知る戦国武将

信長暗殺を何度も計画した謀将・遠藤直経の生涯と魅力 - 大河ドラマや信長の野望で知る戦国武将

戦国時代、浅井長政の右腕として知られる遠藤直経(えんどうなおつね)は、謀略に長けた知勇兼備の武将でした。

織田信長の底知れぬ才能を、早くから見抜く先見性を持ち合わせた人物でもありました。

織田信長とも関わりの深い人物ですが、武将としてはマイナーな部類に入れられてしまうのが残念です。

本記事では、大河ドラマやゲームの「信長の野望」シリーズの話も交えながら、遠藤直経の生涯や魅力を解説します。

遠藤直経の出自・功績・逸話

遠藤直経は、近江国の浅井氏に仕えた武将です。

名前(読み方) 遠藤 直経(えんどう なおつね)
別名/渾名/二つ名 喜右衛門、喜右衛門尉、喜左衛門、直継、春元
生年 不詳 ※享禄4年(1531年)説あり
没年 慶長2年6月2日(1597年7月16日)
遠藤主膳
不詳
兄弟姉妹 不詳
不詳
孫作、喜三郎、仁兵衛

以降では、遠藤直経の生涯や功績を詳しく見ていきましょう。

出自

遠藤直経は近江国坂田郡須川村(現在の滋賀県米原市)の出身です。

遠藤氏は鎌倉時代から続く武家で、柏原庄に移り住んだ鎌倉武士の一族とされています。

遠藤家は、浅井家が京極家の被官に過ぎなかった時代からの譜代の家臣だったようです。

須川城を居城とし、代々この地域を治めていたと伝わります。

遠藤直経は、若年期から浅井長政の傅役(お守り役)を務め、永禄3年(1560年)に15歳の浅井長政が六角軍と戦った際の活躍に心酔したといわれています。

しかし、遠藤直経の詳しい生い立ちについては、史料の不足により多くが不明です。

小谷城下の清水谷に居館を持つことを許されていたため、浅井家の中でも重きを成した人物だったことは間違いないでしょう。

なお、直経は宇賀野村にも天文の頃に屋敷を構えていた記録が残っており、複数の拠点を持っていたことが分かります。

家族や親類

遠藤直経の家族関係については、史料が乏しく詳細な情報が少ないのが現状です。

父親は遠藤主膳であることが分かっていますが、母親や兄弟姉妹に関する記録は残されていません。

子供は孫作、喜三郎、仁兵衛の三人の名前が伝わっています。

しかし、妻に関する情報は現存する史料からは確認できません。

内政や合戦での功績

遠藤直経は、伊賀の忍者との関係を持ち、浅井家の諜報活動を担当していたといわれています。

政治面では、浅井玄蕃允(政澄)とともに浅井長政の後見的存在として活躍しました。

『浅井三代記』には、彼らが六角家の家臣・平井定武の娘(長政の妻)を送り返す判断に関わったエピソードが記されています。

この決断は浅井家の外交面における重要事項であり、遠藤直経の立場の重みが伝わるエピソードと言えるでしょう。

『太閤記』や『浅井三代記』などの後世に成立した二次史料には、直経が織田信長に対して強い警戒心を持っていたとする記述があります。

これらによれば、永禄11年(1568年)8月に信長が佐和山城で浅井長政と面会した際と、同月に浅井家と織田家の婚儀後に信長が成菩提院に宿泊した際、二度にわたり信長暗殺を考えたとされているのです。

史実かどうかは不明ですが、いずれも長政や久政の同意を得られず実行には至らなかったそうです。

また、元亀元年(1570年)には大依山砦の戦いでは勇敢に戦い、武の面での実力も伺い知れます。

晩年と最期

遠藤直経の最期は、元亀元年6月28日(西暦1570年8月9日)の姉川の戦いでのことです。

この戦いは、織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍の間で繰り広げられた有名な合戦。

『信長公記』では、竹中重治の弟・竹中久作(重矩)が、合戦で討ち取った8人の武将首の中に、直経の首があったと簡潔に記されています。

重矩は前々から直経の首を取ると豪語していたようです。

一方、『太閤記』などの後世の史料には、より詳しいエピソードが残されています。

その内容は、浅井軍が総崩れとなって敗れた後、直経は三田村左衛門という武将の首を手に提げて織田方の陣中に紛れ込み、信長の暗殺を試みたというものです。

このとき直経は、信長の本陣に近づき、床几に座る信長の近くまで進みます。

しかし、旧知の仲であった竹中重矩に不審な動きを察知され、見破られ……。

直経は重矩によって首をかき斬られてしまうのです。

また、『太閤記物語』によれば、信長は重矩の手柄を絶賛しつつも「敵ながらも天晴の勇士かな、喜右衛門尉、されこそ無念なりけめ」と直経を哀れんだといいます。

直経が討ち死にした場所には、後に「遠藤塚」が築かれ、現在も滋賀県長浜市東上坂に「遠藤喜右衛門直経之墓」が残されています。

毎年7月1日には法要が営まれているそうです。

押さえておきたいエピソード

遠藤直経にまつわる逸話は、以下を押さえておくといいでしょう。

  • 先見の謀将」と呼ばれ、早くから信長の才能と危険性を見抜いた
  • 佐和山城と成菩提院で、二度の信長暗殺計画を立てるも実行できず(『太閤記』)
  • 姉川の戦いでは敵将の首を掲げて織田軍になりすまし、信長本陣まであと少しというところまで接近した
  • 多賀大社に36歌仙絵を奉納するなど、文化的素養も備えていた
  • 討ち死にした場所に「遠藤塚」が築かれ、毎年7月1日には法要が営まれている

ほかにも興味深いエピソードがあれば教えていただきたくっ!

信長の野望シリーズでの遠藤直経

信長の野望」シリーズといえば、戦国時代のシミュレーションゲームでおなじみです。

ここでは、「信長の野望」シリーズのなかでもおすすめのタイトルで、遠藤直経の能力がどのように設定されているのかを見ていきましょう。

タイトル別能力

遠藤直経の各タイトルでの能力値は以下で設定されています。

タイトル 政治 知略 武勇 統率
信長の野望・創造PK 23 76 78 56
信長の野望・創造 戦国立志伝 23 76 78 56
信長の野望・大志 内政28/外政47 81 83 70
信長の野望・新生 24 77 82 71

タイトルごとの所持戦法や特性は以下のとおりです。

タイトル 戦法 特性・個性 奉行特性
信長の野望・創造PK 離間
  • 能吏
- -
信長の野望・創造 戦国立志伝 離間
  • 能吏
- -
信長の野望・大志 太鼓持ち
補佐:万全
  • 民政家
所領拡大 -
信長の野望・新生 早駆
  • 乾坤
  • 攻勢
  • 策謀
- 具足奉行
(常備兵制)

ゲーム内で向いている役割

信長の野望」シリーズでは、遠藤直経は知略と武勇が高い戦術家的なイメージの武将として描かれています。

信長の野望・創造 戦国立志伝」あたりまでは、統率低めでしたが、「信長の野望・大志」からは統率70超えと改められています。

そのため、戦では部隊長も任せられる、より有能な武将にアップグレードしています。

政治面はからっきしなので、内政面は期待できませんが、「信長の野望・大志」では大命提案力が上昇する「民政家」持ちです。

そのため、ほかに同じ個性を持っている武将が2人いれば拠点の民忠があがります

軍事面では、「信長の野望・大志」だと周囲の味方の移動力・攻撃力をアップする「太鼓持ち」、「信長の野望・新生」でも同類の「攻勢」(移動力アップはなし)が設定されています。

信長の野望・新生」では「乾坤」持ちでもあるので、積極的に退き口を攻撃してくれます(信長の本陣を目指した逸話から設定されたっぽい)。

これらのステータスから、味方のバフ要員としての副将や、退き口をこっそり叩いて戦を早期に終わらせる部隊長として活用するのが良さそうです。

信長の野望・新生」の場合は、特殊な調略を具申できる「策謀」持ちなのも助かる!

遠藤直経プレイにおすすめのタイトル

遠藤直経プレイにおすすめの「信長の野望」シリーズは、以下4つのタイトルです。

それぞれでおすすめポイントが異なるので、プレイスタイルに合うものを選びましょう!

タイトル おすすめポイント
信長の野望・創造PK
  • 内政と軍事、どちらもほどよく楽しめる
  • 複雑すぎないゲームシステムで遊びやすい
  • 築城で支城を作れば戦略の幅が広がり、より楽しくなる
信長の野望・創造 戦国立志伝
  • 大名プレイのみならず家臣プレイも堪能できる!
  • ゲームシステムは創造PKを踏襲しているので遊びやすい
  • 異次元世界にある領地を発展させるのが楽しい!
    (個人的には、領地の兵力はあまり増やさないほうが楽しめる)
信長の野望・大志
  • 戦国時代のリアルな戦闘の雰囲気を味わえる野戦が楽しい!
  • 「志」システムが大名の個性を引き出している
  • 他国との外交が天下統一への肝になっているところに現実味がある
  • 正室以外に側室も設定できるのがうれしいw
信長の野望・新生
  • 籠城戦はシリーズNo.1の作りこみ!籠城戦楽しい!
  • 大志同様、外交戦略も必要な点にリアルさを感じる
  • コツさえわかれば小国でも乗り切れる(序盤はかなりきつい)
  • 武将ごとに設定された「奉行特性」は、効果の説明を読むだけでワクワクするw

 

遠藤直経プレイでの注意点

信長の野望・創造 戦国立志伝」以外のタイトルの場合、大名プレイをするには以下どちらの方法が必要な点に注意してください。

  • 大名プレイをするには、元々仕えている大名の娘婿になり、大名を隠居して家督を継がせる必要がある
  • 信長の野望・大志」(PK版のみ)や「信長の野望・新生」の場合、ゲーム開始前に大名を変更する。

個人的には、野戦をリアルに楽しめる「信長の野望・大志」がもっともおすすめです。

太鼓持ちで味方部隊の攻撃力アップ役として有効活用し、迫りくる織田信長軍を一気に殲滅してやりましょう!

 

小説・映画・書籍に見る遠藤直経

遠藤直経が主人公の小説やマンガはありませんが、信長の暗殺を企てた武将として有名なため、さまざまな作品で登場する機会が多いです。

浅井長政の忠臣として描かれることが多く、特に姉川の戦いでの最期のエピソードが印象的に描かれる傾向があります。

たとえば、以下の作品に登場するので、実際に確認してみてください!

  •  

  • 水瀬いのり

大河ドラマでの遠藤直経

大河ドラマでは、以下の3作品に登場歴があります。

利家とまつ〜加賀百万石物語〜』と『功名が辻』は、AmazonプライムやNHKオンデマンドで全話視聴できるので、どのように描かれているかは実際に見て確認してみてください!

2026年の『豊臣兄弟!』は、序盤が織田家中心の話になるはずなので、登場チャンスはありそうです。

姉川の戦いで織田信長の本陣を伺う様子は、さすがに描かれないとは思いますが、見かけたらSNSで盛大にお祝いしてあげたい!

ゆかりの地:遠藤直経と歴史を感じる場所

遠藤直経のゆかりの地を紹介します。

遠藤塚・遠藤直経の墓(滋賀県長浜市垣籠町)

姉川古戦場近くには、遠藤直経の最期の地として「遠藤喜衛門直経之墓」が残されています。

墓碑には「元亀元年6月28日討死」の文字が刻まれています。

元々は40m先の畑にあった墓は、平成9年に現在地に移転されました。

信長の陣所があった竜ヶ鼻の近くの田んぼの中に位置し、今でも地元の方によって花が手向けられているそうです。

須川城跡(滋賀県米原市須川)

須川城跡は遠藤氏の居城があった場所で、現在は須川観音堂となっています。

築城年代はわかっていないようです。

『江州佐々木南北諸氏帳』には、「坂田郡 須川 住浅井隋兵 遠藤主膳 遠藤喜右衛門(直経)」と記され、この地域一帯を治めていたことがわかります。

現在の須川城跡には、土塁の形跡や堀跡と思われる貯水池が残っています。

清水谷の遠藤屋敷跡(滋賀県長浜市清水谷)

小谷城下に位置し、浅井氏の重臣として遠藤直経が居館を構えた場所です。

小谷城の麓に位置するこの地域は、浅井氏の政治・経済の中心地でした。

ただし、天正元年(1573年)の信長による焼き討ちにより、屋敷は焼失してしまったようです。

現在は遺構の一部のみが当時を偲ばせています。

成菩提院(滋賀県米原市柏原)

比叡山延暦寺の別院であるこの寺は、永禄11年(1568年)に織田信長が宿泊した場所です。

遠藤直経は接待役を務めながらも、信長暗殺の機会と見て小谷に戻り長政に進言したと伝わっています(却下されたため実行はできず)。

戦国時代の緊張感が今も残る歴史的な寺院といえるでしょう。

遠藤直経の生涯と功績まとめ

遠藤直経は、浅井長政の重臣であり、「先見の謀将」と称えられた人物です。

嘘か真かわかりませんが、織田信長の暗殺を何度も計画した武将としても有名です。

姉川の戦いでは、奮迅空しく討ち取られてしまいますが、後世の軍記物で語り継がれるほどの武将。

浅井家のなかでも有能な武将として、世に知られていたのかもしれません。

信長の野望」シリーズなど、戦国時代を舞台とするゲームでは浅井家の家臣として必ずといっていいほど登場する武将です。

知略と武力の高い、忍者のような扱いで設定されていることが多いはず!

ゲームで遠藤直経を見かけたら、ぜひ重用してあげてください!!

 

では今回はこの辺で。
ここまで読んでいただきありがとうございました!

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