
富田長繁(とだ ながしげ)は、朝倉氏から織田氏へと主君を変え、越前国で大規模な反乱を起こした戦国武将です。
「越前の狂犬」の異名で知られ、短い生涯ながら戦国時代に一陣の風を吹かせました。
ゲームの「信長の野望」シリーズでも必ず登場しますが、その経歴を知ったほうが、戦国時代を駆け抜けた一人の武将としてイメージしやすいでしょう。
そこで本記事では、大河ドラマやゲームの「信長の野望」シリーズの話も交えながら、富田長繁の生涯や魅力を解説します。
富田長繁の出自・功績・逸話
富田長繁は、元は朝倉義景の家臣で、のちに織田信長に寝返るも、土一揆を起こして越前を支配しようとした武将です。
| 名前(読み方) | 富田長繁(とだ ながしげ/とんだ ながしげ) |
|---|---|
| 別名/渾名/二つ名 | 長秀、通称:弥六郎、越前の狂犬 |
| 生年 | 天文21年(1551年) |
| 没年 | 天正3年2月18日(1574年3月11日) |
| 父 | 富田吉順 |
| 母 | 不明 |
| 兄弟姉妹 | 弟がいた? |
| 妻 | 不明 |
| 子 | 庄左衛門 |
以降では、富田長繁の生涯や功績を詳しく見ていきましょう。
出自
富田長繁は出雲国の出身で、越前国に来て朝倉義景に仕えたという説があります。
しかし、父・富田吉順は天文20年(1550年)に越前の南条郡に所領を持っていたようです。

さらに吉順の祖父の代に崇禅寺から名田畠(みょうでんばた)を買い取った記録もあります。
以上のことから、少なくとも曽祖父の代から越前に定着していた一族であることは間違いないようです。
また、長繁は天文21年(1551年)生まれとされ、弟もいた可能性があります。
それは、長繁が越前を一時的に支配していた際、
「弟を織田信長に人質として差し出し、越前守護の地位を認めてもらおうとしている」
とウワサが立った話があるからです。
ただし、弟に関する情報は一切残っていないため、本当にいたのかどうかはわかりません。
家族や親類
長繁の妻の記録は残っていません。
子には庄左衛門がいますが、詳しい経歴は不明です。
長繁の死後、子孫が供養塔を建立しているため、何らかの形でその血脈は受け継がれたようです。
内政や合戦での功績
長繁の記録上の初出は、元亀元年(1570年)4月のこと。
織田信長の越前侵攻に対し、1,000騎を率いて出陣しています。
戦国時代の動員力は諸説ありますが、1万石につき300人程度とすると、1,000騎を動員するには少なくとも3万石以上の領地が必要ということに。
この1,000騎が正しいのであれば、富田長繁の勢力はそれなりのもの。
※ちなみに朝倉家全体の石高は約70万石らしい。
しかし元亀3年(1572年)8月、長繁は朝倉氏を見限ります。
小谷城で織田軍と対峙していた際、前波吉継に続いて織田軍に寝返ってしまうのです。

毛屋猪介、戸田与次郎など、長繁と同じく次世代の朝倉氏を支えるはずだった家臣たちと共に……。
その後、同年11月3日には、浅井井規の攻撃に対して木下秀吉の援軍として駆けつけ、功名を挙げています。
多くの家臣に裏切られた朝倉氏は、天正元年(1573年)8月、ついに滅亡。
すると、長繁は越前府中領主に任命され、龍門寺城を居城としました。
同年9月から10月にかけては、第二次長島攻めに従軍。
ここでも織田家臣として戦功を挙げています。
しかし、なぜか(?)越前守護代に任じられた桂田長俊(前波吉継)との待遇の差に、不満を募らせていた長繁。
越前の狂犬が、ついに行動を起こします。
天正2年(1574年)1月18日、悪政に苦しむ民衆を扇動し、土一揆3万3,000人を率いて一乗谷に侵攻したのです。
翌19日には桂田長俊を討ち取り、その家族もすべて殺害して越前の実権を握ります。
勢いに乗じ、北ノ庄で代官を務めていた木下祐久・津田元嘉・三沢秀次らの詰める旧朝倉土佐守館も襲撃。
さすが越前の狂犬、暴れ出したら止まりません!
しかし安居景健(朝倉景健)と朝倉景胤の説得により攻撃を中止。
3人の命は取らず追放処分とし、館の守備を毛屋猪介に任せました。
これで大人しくなるのかと思いきや、そんなことはございません!
1月24日、領民に慕われていた魚住景固が邪魔だったのでしょうか。
その次男・彦四郎と共に朝食に招いて謀殺したのです。

翌25日には、魚住氏の居城・鳥羽野城を攻め、魚住一族を滅ぼします。
この一手が、長繁の命運を決めてしまいました。
仁者と慕われていた魚住景固を理由もなく殺害(しかも謀殺)したことで民心を失い、一揆勢からも見限られてしまうのです……。
さらに事態を悪化させたのが、織田信長に弟を人質として差し出し、越前守護の地位を認めてもらおうとしているという風聞が立ったことです。
この風聞を信じた土一揆勢は、長繁と完全に手を切ることを決めました。
一揆勢は加賀国から一向宗の七里頼周を大将として呼び寄せ、土一揆は一向一揆へと発展します。
越前各地で決起した一揆勢は、なんと14万という大軍に膨れ上がりました。
2月13日には、長繁の腹心・毛屋猪介や増井甚内助らが殺害され、翌2月14日には府中の長繁も一揆勢に包囲され始めました。
この時、長繁の動かせる直轄の兵はわずか700人……。
2月16日早朝。
窮地に立たされた長繁は、覚悟を決めて突撃を命じ、日野川を渡って帆山河原の一揆勢2万を強襲。
700人対2万という圧倒的不利にもかかわらず、決死の覚悟で戦った富田軍は一揆勢を打ち破るのです。

潰走する敵を2、3里にわたって執拗に追撃し、2,000~3,000人の首を取る奇跡的な勝利を収めたというのだから、ちょっと神懸ってます。
やはり越前の狂犬は伊達じゃない!
晩年と最期
奇跡の勝利で勢いを取り戻した長繁は、即座に次の行動に移ります。
天正2年(1574年)2月17日、北之庄城奪取を目指して府中から出陣。
浅水付近で七里頼周率いる一揆勢5万と激突しました。
数で圧倒的に劣りながらも、経験と士気で勝る富田軍が一揆勢を撃破。
しかし勝利に酔った長繁は、同日夕刻。
これまで傍観していた安居景健と朝倉景胤の長泉寺山の砦まで攻撃してしまうのです。
※さすが狂犬……。
連戦で疲労した兵士たちは攻めきれず、一度は兵を引きますが、翌2月18日早朝に再度砦への突撃を命じました。
無理な戦いを続ける長繁に、ついには家臣たちの不満が爆発することに。
合戦の最中、味方であるはずの小林吉隆が、背後から鉄砲で長繁を射殺。
享年24歳という若さでした。
その首は一揆軍の司令官・杉浦玄任の陣に届けられ、竜沢寺で首実検が行われました。
現在、福井県鯖江市の歯塚大権現には、長繁の子孫が建てた供養塔が残されています。
押さえておきたいエピソード
富田長繁にまつわる逸話は、以下を押さえておくといいでしょう。
- 「樊噲が勇にも過たり」と前漢の猛将になぞらえて評されるほど、武勇の持ち主だった
- 「越前の狂犬」と呼ばれるほど攻撃的で、治世者としては非常に過激だった
- 仁者として慕われていた魚住景固を理由なく謀殺し、民心を失った
- 14万の一揆勢に包囲されながら、わずか700人で2万を撃破した奇跡の戦いを演じた
- 最期は味方に背後から鉄砲で撃たれ、24歳の若さで戦死した
ほかにも興味深いエピソードがあれば教えていただきたくっ!
短い生涯だけど、分厚すぎる人生!
信長の野望シリーズでの富田長繁
「信長の野望」シリーズといえば、戦国時代のシミュレーションゲームでおなじみです。
ここでは、「信長の野望」シリーズのなかでもおすすめのタイトルで、富田長繁の能力がどのように設定されているのかを見ていきましょう。

タイトル別能力
富田長繁の各タイトルでの能力値は以下で設定されています。
| タイトル | 政治 | 知略 | 武勇 | 統率 |
|---|---|---|---|---|
| 信長の野望・創造PK | 11 | 16 | 64 | 41 |
| 信長の野望・創造 戦国立志伝 | 11 | 16 | 64 | 41 |
| 信長の野望・大志 | 内政24 外政24 |
29 | 62 | 40 |
| 信長の野望・新生 | 23 | 27 | 63 | 47 |
タイトルごとの所持戦法や特性は以下のとおりです。
| タイトル | 戦法 | 特性・個性 | 志 | 奉行特性 |
|---|---|---|---|---|
| 信長の野望・創造PK | 鬨の声 |
|
- | - |
| 信長の野望・創造 戦国立志伝 | 鬨の声 |
|
- | - |
| 信長の野望・大志 | 突撃 補佐:速攻 |
|
所領拡大 | - |
| 信長の野望・新生 | 早駆 |
|
- | 旗奉行 (母衣衆結成) |
ゲーム内で向いている役割
「信長の野望」シリーズでは、武勇60台でも統率40台と、猪突猛進に戦場を駆けまわるような武将として設定されているイメージです。

個人的には、武勇と統率はそれぞれ70台、50台にしてもいいのでは?と思ったりします。
統率が低いので、防御の弱さが玉に瑕ですが、そこは統率高めの副将を設定して底上げすれば問題なし。
ただし、政治と知略が致命的な低さ。
単独で城主にするのは危ういです。
政治や知略に優れ、内政効率アップや他家からの調略を防げる特性を持つ、優秀な武将を配下につけてあげましょう。
バックアップしてくれる家臣がいれば、部隊長や城主として十分な働きを見せてくれるはず!
特に攻城戦向きのスキルが最近のシリーズでは付けられているので(攻城心得・城乗)、城攻めには必ず富田長繁の部隊を混ぜたいところです。
大名プレイをするなら、やはり「信長の野望・創造 戦国立志伝」がおすすめです。
家臣プレイから徐々に功績を積み上げて城持ちになれば、主君・朝倉義景に成り代わって越前を支配するのも夢じゃない!

ただし、富田長繁が登場するのは1566年。
織田信長が台頭し、越後の上杉謙信も越中・越前方面に勢力を伸ばそうとしてきます。
これノンビリやってると、上杉か織田に朝倉の領地がゴリゴリ削られていくので、早めに城主になって領地をバンバン獲得していかないと、面倒くさいことになるので注意しましょう。
※朝倉氏が滅亡してもプレイは続けられるが、功績がクリアされて、一からやり直し状態になる……。
富田長繁プレイにおすすめのタイトル
富田長繁プレイにおすすめの「信長の野望」シリーズは、以下4つのタイトルです。
それぞれでおすすめポイントが異なるので、プレイスタイルに合うものを選びましょう!
| タイトル | おすすめポイント |
|---|---|
| 信長の野望・創造PK |
|
| 信長の野望・創造 戦国立志伝 |
|
| 信長の野望・大志 |
|
| 信長の野望・新生 |
|
「信長の野望・創造 戦国立志伝」以外のタイトルの場合、大名プレイをするには以下どちらの方法が必要な点に注意してください。
富田長繁が登場する小説・書籍・アニメなど
続いて、各メディア作品で富田長繁に関するものをピックアップしておきます。
富田長繁が主人公の作品はありませんが、富田長繁の叛乱がテーマの作品はあるので、興味がある書籍や作品があればぜひ!
登場する小説
- 『くるい咲き 越前狂乱』 2018年 大塚卓嗣
富田長繁を撃った小林吉隆を主人公に、越前の混乱を描いた歴史小説です。富田長繁が扱われること自体めずらしいですが、その富田長繁を討った小林吉隆に焦点を当てているのが秀逸!
リンク - 『酔象の流儀 朝倉盛衰記』 2018年 赤神諒
朝倉家臣・山崎吉家を主人公に朝倉氏の衰退を描く中で、富田長繁も登場します。朝倉氏を支える次世代の家臣として期待していた富田長繁らが織田家に寝返り、朝倉義景は大ピンチに……。朝倉氏の見方が少し変わるかもしれない良作です。
リンク - 『戦国武将伝 東日本編』 2023年 今村翔吾
いまもっともアツい歴史小説家、今村翔吾先生のショートショート風戦国武将伝。富田長繁の短く激しい生涯を史実ベースで簡潔にまとめた掌編「高くとんだ」が収録されています。短くでもさすがの読み応え!
リンク
登場するマンガ
- 『信長の忍び』 2008年~連載中 重野なおき
織田信長の天下統一を描く4コマ歴史ギャグ漫画で、朝倉氏滅亡後に富田長繁が府中領主に任命される場面が登場します。コミカルだけどシリアスな展開もあり。読むと意外にはまってしまう!
>リンク
富田長繁の関連書籍
- 『朝倉氏と戦国村 一乗谷』 2017年 松原信之
富田長繁が仕えた朝倉氏の歴史と文化を深掘りした研究書です。富田長繁が仕えた朝倉氏をよりくわしく知るならこの一冊がおすすめです。
リンク
大河ドラマでの富田長繁
富田長繁は、いままでNHK大河ドラマに登場したことはありません。
越前での反乱という局地的な出来事なため、なかなか取り上げにくい……。
朝倉義景や織田信長が登場する作品でも登場機会を得るのは、今後もきびしい雰囲気です。
朝倉義景や朝倉氏の家臣が主人公なら、ありえそうですが。
富田長繁を主人公にと思っても、さすがに、その短い人生を、1年間通して続く大河ドラマであるには無理がありますよね。
ゆかりの地:富田長繁と歴史を感じる場所
富田長繁のゆかりの地を紹介します。
富田長繁の供養塔(福井県鯖江市)
富田長繁の供養塔は、福井県鯖江市長泉寺町の歯塚大権現の隣にあります。
長繁が戦死した場所に近く、天保8年(1837年)に子孫が建立したそうです。
供養塔には「中道院現住秀運法院」という戒名が刻まれています。
ちなみに、歯塚大権現は歯の病に効くとされ、地域の民間信仰も残る史跡なのだとか。
福井鉄道福武線「西山公園駅」から徒歩約10分でアクセスできます。
西山公園(福井県鯖江市)
西山公園は、かつて「長泉寺山」と呼ばれた丘陵地です。
天正2年(1574年)2月18日、富田長繁がこの地の砦を攻撃中に味方に裏切られたのです。
現在は市民公園として整備され、展望台やつつじ園があります。
戦国時代の地形の面影を感じながら、富田長繁の歴史に思いを馳せてみるのもいいでしょう。
福井鉄道「西山公園駅」から徒歩約5分の好立地にあります。
越前府中城跡(福井県越前市)
越前府中城跡は、織田信長により富田長繁が任された居城で、龍門寺城とも呼ばれます。
天正元年(1573年)から天正2年(1574年)まで、長繁の本拠地でした。
現在は石碑と城址公園として整備されています。
また、旧府中の中心地で、武生の町並みと合わせて歴史散策が楽しめます。
JR武生駅から徒歩約15分でアクセス可能です。
富田長繁の生涯と功績まとめ
富田長繁は「越前の狂犬」と呼ばれ、越前国に大混乱を巻き起こした武将。
朝倉氏を裏切って織田信長に仕え、越前府中領主となりますが、その待遇に不満があったことから、土一揆を起こして越前の支配を狙うという……。
戦国時代ならではの、いわゆる下克上。
わずか700人で一揆勢2万を撃破するという、驚異的な武勇と統率力には頭が下がります。
人心掌握には長けていなかったのが残念ですが、時代と場所が違えば、英雄として君臨する歴史もあったのではないか。
そんなことをロマンを感じてしまう武将です。
「信長の野望」シリーズでは、武勇以外そこまで能力は高くありません。
しかし、そこは有能な家臣でカバーすれば大丈夫!
なんだったら、新規武将で毛屋猪介や増井甚内助家を登録し、富田長繁の副将として活躍させるのもあり。
ゲームで富田長繁を見かけたら、ぜひ重用してみてください!
また、ゲーミングPCのサイト「ツクモル?」で「信長の野望 新生」のプレイにおすすめのゲーミングPCを紹介しているので、ゲーミングPCの購入を検討している人は参考にしてみてください。
では今回はこの辺で。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
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