
堀江景忠(ほりえ かげただ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した武将で、越前朝倉氏の家臣として知られています。
三度主君を変えるも、最終的には織田信長に誅殺されるという、戦国時代ならではの生き方をした人物です。
ゲームの「信長の野望」シリーズでも必ず登場しますが、その経歴を知ったほうが、戦国時代を駆け抜けた一人の武将としてイメージしやすいでしょう。
そこで本記事では、大河ドラマやゲームの「信長の野望」シリーズの話も交えながら、堀江景忠の生涯や魅力を解説します。
堀江景忠の出自・功績・逸話
堀江景忠は、越前国の有力国人堀江氏の当主として生まれ、朝倉氏に仕えて活躍した武将です。
| 名前(読み方) | 堀江景忠(ほりえ かげただ) |
|---|---|
| 別名/渾名/二つ名 | 幸岩斎藤秀(改名後) |
| 生年 | 不明 |
| 没年 | 天正4年(1576年)? |
| 父 | 堀江景用 |
| 母 | 不詳 |
| 兄弟姉妹 | 不詳 |
| 妻 | 正室:武田義統の娘(朝倉義景の母と姉妹) |
| 子 | 利茂(景実) |
以降では、堀江景忠の生涯や功績を詳しく見ていきましょう。
出自
堀江氏は利仁流河合斎藤氏の系統で、鎌倉時代から越前国坂井郡河口荘堀江郷に有力国人として土着していました。
当初は興福寺の配下として活動していたものの、その後斯波氏の配下として三国湊の代官を務めるなど大きな勢力を誇りました。
斯波氏と守護代甲斐氏の争いで本家筋は没落しましたが、傍流が朝倉氏に仕えることとなったと考えられています。
景忠は堀江景用の子として生まれ、朝倉氏の有力家臣の家柄として育ちました。
家族や親類
父の堀江景用は朝倉孝景(英林)に見いだされ、蓮歌の才も発揮する文武両道の武将でした。
景用には不思議な出生譚があり、父が笛の名手で、母が大蛇だったという伝承が伝わっています。
景忠の妻は若狭武田氏の武田義統の娘で、朝倉義景の母と姉妹関係にありました。
この縁戚関係が後に景忠の命を救うことになります。
子の利茂(景実)は、後に加賀大聖寺の津葉城主となったと言われています。
内政や合戦での功績
弘治元年(1555年)、景忠は朝倉宗滴を総大将とする加賀一向一揆攻めに従軍し、戦功をあげました。
また、朝倉氏の下で坂井郡三国湊の舟奉行を務め、海上交通の要職を担っていました。
一乗谷内にも屋敷を持つ有力国衆として重用され、朝倉家の政治にも参与していたようです。
永禄7年(1564年)から続く加賀一向一揆との戦いでも、朝倉軍の有力な戦力として活躍しています。
しかし永禄10年(1567年)3月、景忠は子・利茂と共に一向一揆と通じ、朝倉義景に対し謀反を企てました。
晩年と最期
永禄10年(1567年)3月、堀江氏謀反の噂が広まると、一向一揆勢が加賀から越前へ来襲しました。
朝倉義景は魚住景固・山崎吉家を大将として2000余騎を派遣し、激しい攻防戦が展開。
景忠は下番の館で激しく抵抗しましたが、最終的に妻と朝倉義景の母が姉妹であることから、母の嘆願により命を助けられます。
景忠父子は能登国に亡命し、朝倉氏滅亡後の天正元年(1573年)に越前に戻ってきました。
一向一揆側として杉津砦を任されましたが、織田信長の越前再侵攻を前に、今度は信長に寝返って一揆勢を壊滅させました。
信長はその功により子・利茂に加賀大聖寺の所領を与えました。
ところが、景忠は恩賞に不満を持っていたようです。
その不満が信長の耳に入り、天正4年(1576年)4月に誅殺されたと伝わっています。
押さえておきたいエピソード
堀江景忠にまつわる逸話は、以下を押さえておくといいでしょう。
- 永禄10年の「堀江の乱」では、朝倉軍2,000余騎 vs 堀江軍1,000の激戦が展開され、堀江軍は殲滅されることなく持ちこたえた
- 「堀江の乱」は、朝倉景鏡の讒言が原因とする説もある(状況的には、事前に一向一揆と通じていた可能性が高い)
- 妻と主君・朝倉義景の母が姉妹であり、義景とは縁戚関係にあった
- 朝倉・本願寺・織田と三度主君を変えているためか、「信長の野望」シリーズでは忠誠低め、野望高めの設定になっている
- 恩賞への不満が織田信長に知られ、最期は誅殺されたと伝わる
ほかにも興味深いエピソードがあれば教えていただきたくっ!
信長の野望シリーズでの堀江景忠
「信長の野望」シリーズといえば、戦国時代のシミュレーションゲームでおなじみです。
ここでは、「信長の野望」シリーズのなかでもおすすめのタイトルで、堀江景忠の能力がどのように設定されているのかを見ていきましょう。
タイトル別能力
堀江景忠の各タイトルでの能力値は以下で設定されています。
| タイトル | 政治 | 知略 | 武勇 | 統率 |
|---|---|---|---|---|
| 信長の野望・創造PK | 60 | 60 | 50 | 66 |
| 信長の野望・創造 戦国立志伝 | 60 | 60 | 50 | 66 |
| 信長の野望・大志 | 内政59 外政61 |
60 | 50 | 64 |
| 信長の野望・新生 | 60 | 60 | 54 | 68 |
タイトルごとの所持戦法や特性は以下のとおりです。
| タイトル | 戦法 | 特性・個性 | 志 | 奉行特性 |
|---|---|---|---|---|
| 信長の野望・創造PK | 鬨の声 |
|
- | - |
| 信長の野望・創造 戦国立志伝 | 鬨の声 |
|
- | - |
| 信長の野望・大志 | 用心 補佐:斥候 |
|
所領拡大 | - |
| 信長の野望・新生 | 混乱 |
|
- | 楽市奉行 (楽市楽座) |
ゲーム内で向いている役割
「信長の野望」シリーズでは、武勇以外が60台と中堅レベルの実力を備えた武将として設定されています。
武力も50台なので、能力的にはバランスが取れています。
そのため、軍団長には物足りない感があるものの、城主としては十分な働きを見せてくれることでしょう。
堀江景忠は、加賀方面からの侵攻を押さえるのが役目でした。
そのため加賀方面へ領地拡大先兵として派遣し、越中の神保氏や能登の畠山氏への備えとして金沢御坊あたりを守らせるのが個人的には好きです。

しかし、やはり朝倉氏を裏切った武将です。
ここはひとつ、天下取りを目指したい!
無理やり大名に据えるタイトルより、武将プレイから大名に成り上がれる「信長の野望・創造 戦国立志伝」で楽しむのもおすすめです!

ただし1つ注意点があります。
「信長の野望・新生」では、朝倉氏の家臣ではなく国衆扱いです。
そのため従属100%にしないと家臣にできないので、注意してください!
堀江景忠プレイにおすすめのタイトル
堀江景忠プレイにおすすめの「信長の野望」シリーズは、以下4つのタイトルです。
それぞれでおすすめポイントが異なるので、プレイスタイルに合うものを選びましょう!
| タイトル | おすすめポイント |
|---|---|
| 信長の野望・創造PK |
|
| 信長の野望・創造 戦国立志伝 |
|
| 信長の野望・大志 |
|
| 信長の野望・新生 |
|
「信長の野望・創造 戦国立志伝」以外のタイトルの場合、大名プレイをするには以下どちらの方法が必要な点に注意してください。
個人的には、「信長の野望・大志」または「信長の野望・新生」がおすすめです。
戦好きなら野戦がアツい「信長の野望・大志」、籠城戦で大軍を寡兵で退けるのが好きなら「信長の野望・新生」!
堀江景忠のように、野望の高い武将で遊ぶなら「信長の野望・創造 戦国立志伝」!
堀江景忠が登場する小説・書籍・アニメなど
続いて、各メディア作品で堀江景忠に関するものをピックアップしておきます。
堀江景忠が主人公の作品はありませんが、がっつり登場する小説はあります。
興味がある書籍や作品があればぜひ手に取ってみてください。
登場する小説
- 『酔象の流儀 ― 朝倉盛衰記』 2018年 赤神諒
越前朝倉家の老臣・山崎吉家を主人公に描く歴史小説。堀江景忠は宗滴"五将"の一人として登場し、堀江の乱での奮戦ぶりも描かれています。朝倉家臣団の見方がちょっと変わるかもしれない一冊です。
リンク
堀江景忠の関連書籍
- 『戦国武将列伝 5 北陸編』 2025年 山田邦明・長谷川裕子・萩原大輔 編
北陸地方の戦国武将を収録した人物列伝です。堀江景忠の列伝も収録され、加賀と越前の両国を股にかけた越前最大の国衆として紹介されています。
リンク - 『朝倉氏と戦国村一乗谷』 2024年 松原信之
応仁の乱で活躍して主家から自立し、有力な戦国大名となった越前朝倉氏の実像を史料から解明した研究書です。堀江景忠が仕えた朝倉氏をよりくわしく知るならこの一冊がおすすめです。
リンク - 『春風亭昇太と語る一乗谷朝倉氏遺跡』 2025年 福井県立一乗谷朝倉氏遺跡博物館(編)
堀江景忠が仕えた朝倉氏の本拠地、一乗谷朝倉氏遺跡の最新研究成果を収録しています。遺跡の名誉お屋形さま・春風亭昇太師匠の語りと博物館学芸員らの裏話で、一乗谷の魅力を分かりやすく紹介した話題の書です。
リンク - 『朝倉氏の城郭と合戦(図説日本の城郭シリーズ15)』 2020年 佐伯哲也
朝倉氏のお城や合戦を図で解説するシリーズ。縄張り図や遺構写真、地図などの豊富な図版とともに朝倉氏一族と家臣の城郭51城を収録した専門書です。
リンク
大河ドラマでの堀江景忠
堀江景忠は、これまでNHK大河ドラマには登場したことはありません。
主君、朝倉義景が登場したとしても、朝倉義景が主人公でなければ、ともに登場する重心は絞られます。
たとえば、2020年の『麒麟がくる』では、山崎吉家や朝倉景鏡の2人しか登場していません。
堀江景忠が大河ドラマで登場するには、やはり朝倉氏、あるいはその家臣が主人公の作品でなければきびしいでしょう。
ゆかりの地:堀江景忠と歴史を感じる場所
堀江景忠のゆかりの地を紹介します。
番田堀江館跡(福井県あわら市)
番田堀江館は、堀江氏の初期居館で、館ノ上・犬ノ馬場など曲輪地名が残る史跡です。
竹田川の水利を握する要地にあり、館周囲に土塁と水堀が巡っていたことが地籍図から判明しています。
現在は、田園の中に石碑と祠だけが佇む静かな遺跡となっており、春は菜の花と残雪の白山連峰が同時に望めます。
えちぜん鉄道「番田」駅から南へ徒歩3分とアクセスも良好です。
下番堀江館跡(福井県あわら市)
下番堀江館は、堀江氏が番田館から移った平城。
永禄10年(1567年)に景忠が籠もって朝倉軍の総攻撃を退けた主戦場でもあります。
現在は本荘小学校の敷地となっており遺構は僅かに残るのみで、土塁線の高低差と記念碑が残っています。
竹田川の旧流路が示す天然の壕地形を見ることで、当時の戦略的重要性を楽しんでみるのもいいでしょう。
「堀江の乱」の激戦地として、足を運んでみてほしいスポットです。
龍雲寺(福井県あわら市)
龍雲寺は、1488年に堀江景実(景忠の子とも伝わる)が開基した堀江氏の菩提寺です。
境内に堀江家墓所と五輪塔が残り、堀江氏の歴史を物語る貴重な史跡となっています。
苔むす参道と山門が美しく、秋のモミジ、初夏の紫陽花も見どころです。
あわら湯のまち駅からレンタサイクルで約8分、下番堀江館からは徒歩5分の立地にあります。
堀江景忠の生涯と功績まとめ
堀江景忠は、越前朝倉氏の有力家臣として活躍した戦国武将です。
永禄10年の朝倉義景に対する謀反の理由は、いったい何だったのか。
その「堀江の乱」では朝倉軍相手に激しく抵抗し、軍事面での優秀さを見せつけました。
もし、堀江景忠が朝倉氏を裏切らずにいれば、山崎吉家と共に織田信長を苦しめたに違いありません。
「信長の野望」シリーズでは、朝倉家の家臣あるいは越前の国衆として必ず登場する武将です。
能力的には全体的にバランスが取れた中堅レベルの能力で、内政・軍事ともに卒なくこなす優秀な武将です。
ゲームで堀江景忠を見かけたら、その波乱の人生に思いを馳せてみてください!
また、ゲーミングPCのサイト「ツクモル?」で「信長の野望 新生」のプレイにおすすめのゲーミングPCを紹介しているので、ゲーミングPCの購入を検討している人は参考にしてみてください。
では今回はこの辺で。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
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