
「鬼兵庫」の異名を持つ各務元正は、戦国時代から安土桃山時代にかけて森家の筆頭重臣として活躍した武将です。
数々の合戦での武功で知られ、戦場での勇猛さと主君への忠義で名を馳せました。
本記事では、大河ドラマやゲームの「信長の野望」シリーズの話も交えながら、各務元正の生涯や最新情報を解説します。
- 各務元正の出自・功績・逸話
- 信長の野望シリーズでの各務元正
- 小説・映画・書籍に見る各務元正
- 大河ドラマでの各務元正
- ゆかりの地:各務元正と歴史を感じる場所
- 各務元正に関する最新の注目ニュース
- 各務元正の生涯と功績まとめ
各務元正の出自・功績・逸話
各務元正は、美濃国の有力土豪として知られる各務氏の出身で、代々各務郡を治めてきた名門の家に生まれました。
| 名前(読み方) |
各務 元正(かかみ もとまさ) |
|---|---|
| 別名/渾名/二つ名 | 鬼兵庫、兵庫助、清右衛門(幼名:勘次郎) |
| 生年 | 天文11年(1542年) |
| 没年 |
慶長5年10月15日(1600年11月20日) |
| 父 | 各務 盛正 |
| 母 | おおがみ殿(土岐 政房の娘) |
| 兄弟姉妹 | 一学 |
| 妻 |
不詳 |
| 子 | 元峯、正休、紀伊(森重政室)、竹光伊豆室、田中七兵衛室、各務勝太夫室、京極高知側室 |
以降では、各務元正の生涯や功績を詳しく見ていきましょう。
出自
各務元正は、1542年(天文11年)、美濃国の有力土豪・各務盛正の子として生まれました。
各務家は美濃国の名族として知られた家柄で、ご先祖様は甲斐源氏の祖である源義光の孫、加賀美遠光。
そこから8代後の加賀美正光の代に神託を受け、「各務」に改めたそうです。
ちなみに、元は美濃の斎藤氏に仕えていた元正ですが、ひと騒動を起こして蟄居処分を受けています。
その事件とは、永禄3年7月15日(1560年8月16日)の出来事。
領地絡みで遺恨のあった各務右京亮の屋敷に早朝押し入り(しかもたった一人で)、右京亮のみならず、取り押さえようとした家人数人を惨殺して逃走してしまったそうです。
蟄居処分を受けてからの動向は不明ですが、永禄10年(1567年)に斎藤氏が織田信長によって滅亡すると、森可成の家臣・近松新五左衛門の仲介で森家に仕官しています。
※このとき、名を勘次郎から清右衛門に改めている。
家族や親類
母は美濃守護の土岐政房の娘おおがみ殿です。
妻はわかっていませんが、子は二男五女。
嫡男は元峯(もとみね)で、高田城代を勤めるなど8千石を領した森家筆頭家老です。
長女は森重政に嫁ぎ、次女は大坂方の武将・竹光伊豆の妻。
三女は丹後の田中七兵衛、四女は作州(美作)の各務勝太夫に嫁いでいます。
五女は淀殿の侍女として仕え、大坂落城の際には不憫に思った淀殿が城から出るように勧めても断り、小脇差を懐に差したという逸話が残っています。
父の教えなのか父に似たのか、剛毅な各務元正に通じ、個人的に好きなエピソードです。
五女は大坂城落城後も生き延び、丹後国宮津藩の初代藩主・京極高知の側室となって一男一女をもうけています。
内政や合戦での功績
元正が最初に注目されたであろう合戦の功績は、元亀元年(1570年)の宇佐山城の戦い。
浅井・朝倉連合軍3万という圧倒的な大軍を相手に、わずか千人ほどの兵で城を守り抜いたのです。
この戦いでは主君の森可成が戦死するという窮地にあいながら、元正は残された兵を率いて果敢に戦い、織田信長の援軍到着まで持ちこたえました。
この時の奮戦ぶりは、織田家中でも高く評価されることとなります。
その後も、長島一向一揆の討伐や長篠の戦いなど、数々の合戦で武功を立てました。
特に高遠城攻めでは、九尺(約2.7メートル)という驚異的な長さの鳥毛の指物を携えて戦い、織田信忠から賞賛を受けています。
矢狭間から真っ先に城内へと討ち入って城兵を1人で薙ぎ倒したらしい。
さすが鬼兵庫の異名を持つだけのことはありますよね。
しかし、前述の長指物。
これが元正を窮地に追い込むことに。
高遠城で敵陣に攻め入った帰り、長すぎて壁に挟まるアクシデントが発生してしまうのです。
元正は焦って転んでしまい、敵だらけのなかへ突入する形に。
これを見た当時の主君・森長可(森可成の次男)は、元正とは思わず、どこぞの足軽がドジを踏んだと最初は勘違い。
ところが元正であるとわかると、「早く助けろ」と言わんばかりに突撃して敵を一蹴したそうです。
※元正じゃなかったら助けなかったんかい!とちょっとツッコミたくなるw
この一連の出来事は織田信忠率いる本隊到着前のことだったため、後々織田信長に軍令違反として注意されますが、一方でその武勇はしっかりと褒めてもらえたのだとか。
戦後処理では、甲州征伐で捕虜となっていた武田信廉(武田信玄の弟。元正とは同族にあたる)を森長可の命で処刑。
甲州征伐後の論功行賞で森長可が信濃へ加増転封となると、長可の弟・森蘭丸(成利)の家老となりました。
ただし、天正10年(1582年)に本能寺の変が発生し、森蘭丸は織田信長らとともに討死。
信濃川中島四郡の所領を捨てて旧領の金山に帰還した森長可に再び仕え、森家の東三の統一戦線で主力部隊として活躍しました。
天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦いでは、森長可が長く功を成した家臣たちを美濃に残して出撃。
そのため、元正はこの大戦に参戦していないのですが、徳川家康の助力を得て攻撃してきた遠山友政・利景の軍勢を撃退しています。
もし長可とともに小牧・長久手の戦いに参戦していたら……という思いが少し過ります。
晩年と最期
小牧・長久手の戦いでは主君・森長可が戦死。
元正は、同じく森家重臣の林通安・為忠父子とともに、長可の遺言書を羽柴秀吉の元に届けています。
秀吉からは、家督を継いだ森忠政(長可の弟)の後見役を務めるよう申し渡されました。
その後は、岩村付近一帯の統治を任され、城の整備と統治に力を尽くしています
森忠政が信濃へ転封するとこれに同行。
忠政からは長沼城代と8千石を与えられるのですが、程なくして慶長5年(1600年)10月15日、病により59歳でその生涯を閉じました。
子孫の嫡流は元正にあやかり、代々「各務兵庫」を称したそうですよ。
押さえておきたいエピソード
各務元正にまつわる逸話は、以下を押えておくといいでしょう。
- 宇佐山城の戦いでの奮戦が評価され、織田信長から直接の褒賞を受ける
- 三木城攻めで負傷した際、織田信忠が専属の医師を派遣し、森長可が毎夜見舞いに訪れる
- 甲州攻めでは驚異的な長さの指物を携えて鬼兵庫の異名に恥じぬ戦いぶりを見せる一方、旗指物が挟まって大ピンチに陥る(森長可が必死に救出w)
- 蒲生氏郷から2万石という破格の条件で招かれるも、「二君に仕えず」と断固拒否
- 自身の功績や経験を『兵庫覚書』として記録に残す
ほかにもエピソードをご存じの人がいたら、ぜひ教えてください!
信長の野望シリーズでの各務元正
戦国時代を舞台にしたシミュレーションゲーム「信長の野望」シリーズで、各務元正は一度も登場したことがありません。
そこで、現在の最新作「信長の野望・新生」で新規武将として登録する場合のステータスを、勝手に設定してみました!
登録する際の参考にどうぞ!
能力値

「信長の野望・新生」での能力値は、以下のように設定してみました。
| タイトル | 政治 | 知略 | 武勇 | 統率 |
|---|---|---|---|---|
| 信長の野望・新生 | 66 | 63 | 82 | 88 |
また、所持戦法や特性は以下のとおりです。
| タイトル | 戦法 | 特性・個性 | 志 | 奉行特性 |
|---|---|---|---|---|
| 信長の野望・新生 | 急襲 |
|
- |
守城奉行 |
「信長の野望・新生」といえば、籠城戦がすこぶる楽しい!
つまり、宇佐山城の戦いで籠城戦を持ちこたえた各務元正の本領を発揮できるタイトルといえます。
ということもあり、籠城を意識したステータスで設定してみました。
戦法は、猪突猛進な性質から「急襲」を設定。
本当だったら「鬼兵庫」みたいな固有戦法を持たせてあげたいところです。
政治・知略は感覚値ですが、それぞれ50台くらいでもいいのかもしれません。
みなさんなら、各務元正のステータスはどのように設定しますか?
コメントなどで教えていただけるとうれしいです!
ゲーム内で向いている役割
紹介したステータスは、すでに解説したとおり籠城戦向きです。
最前線の城将として配置し、籠城戦で敵を迎え撃つ役割を任せてあげましょう。
籠城戦で勝利すると威風が発生し、所領が回復したり一部の敵領地を支配下にできたりします。
攻撃側の武将の出陣城からの出兵を、一定期間禁止する効果もあるので、各務元正は攻められやすい城に配置するのがおすすめです。
大名プレイでは、森家を裏切ることになり、「二君に仕えず」と忠義の固い元正とはイメージが合いませんがそれはそれ!
森家を取り込むも良し、森家と共同して天下統一を目指すも良しです!
各務元正プレイにおすすめのタイトル
今回ステータスを設定したのは「信長の野望・新生」でしたが、ほかのタイトルでも新規武将として登録すれば、各務元正プレイが可能です!
おすすめの「信長の野望」シリーズは、以下4つのタイトルです。
それぞれでおすすめポイントが異なるので、プレイスタイルに合うものを選びましょう!
| タイトル | おすすめポイント |
|---|---|
| 信長の野望・創造PK |
|
| 信長の野望・創造 戦国立志伝 |
|
| 信長の野望・大志 |
|
| 信長の野望・新生 |
|
「信長の野望・創造 戦国立志伝」以外のタイトルの場合、大名プレイをするには以下どちらの方法が必要な点に注意してください。
個人的には、「信長の野望・創造 戦国立志伝」の1582年以降のシナリオで、森家の家臣プレイを堪能するか、「信長の野望・新生」で籠城戦の要として重用するのがおすすめ!
小説・映画・書籍に見る各務元正
各務元正を主人公とした小説や映画は確認できませんでした。
主君の森長可が主題の作品であれば、出てくること可能性はありますが、森長可が主題のもの自体が少なく……
ただし、戦国時代に現代人がタイムスリップするライトノベル『戦国小町苦労譚』には登場します。
5巻で宇佐山城の戦いが話のメインとなっていて、本当にちょっとだけですが、一応セリフもあるキャラで出てきます(モブキャラ感が強いけど)。
おおまかなあらすじは、現代の農業高校に通う女子高生が戦国時代にタイムスリップし、現代の農業や科学の知恵を活用して戦国時代を生き抜いてく話。
つまり、史実に忠実な話が好きな方には向いていないかもしれない点にご注意下さい(登場人物の設定もいろいろアレだったりする)。
コミック版もありますが、こちらは各務元正登場シーンはすべてカットされているのが残念。
※残念というほど大したシーンではないのだけれどもw
ほかに各務元正の関連書籍をご存じの方がいたら、ぜひ教えていただきたく!
大河ドラマでの各務元正
NHK大河ドラマで各務元正が登場した作品は、現時点ではありません。
正直な話、登場する可能性は今後も限りなくゼロに近いのでは?と思っております……。
まかり間違って、森可成や森長可が主人公に採用されればですが、それ自体が無理でしょう。
大河ドラマ以外でもなかなか登場機会に恵まれないと思いますが、もし名前だけでも耳にしたら、SNSなどで盛大に出演のお祝いをしてあげましょう!
ゆかりの地:各務元正と歴史を感じる場所
各務元正のゆかりの地を2つ紹介します。
各務原市の史跡(岐阜県)
各務原市は、各務氏のかつての本拠地として知られる土地で、村国神社など歴史的な史跡が点在しています。
村国神社は式内社として名を連ね、その境内には江戸時代からの芝居小屋「村国座」も残されています。
各務氏一族居住地跡の石碑もあるので、機会があればぜひ!
宇佐山城跡(滋賀県大津市)
宇佐山城は、各務元正の勇名が織田家中に轟くきっかけとなった城。
標高336メートルの宇佐山に築かれ、琵琶湖まで約1キロメートルという戦略的要衝に位置しています。
現在は本丸跡に放送施設が建っていますが、石垣や曲輪、櫓台などの遺構が残されています。
織田信長が安土城以前に近江で最初に石垣を用いた城としても知られ、歴史的価値の高い城跡です。
妙願寺(岡山県津山市)
妙願寺は、各務元正の墓所もある森氏ゆかりの浄土真宗本願寺派の寺院です。
もとは岐阜県兼山(金山)にあった寺を、森氏の移封に伴い信濃川中島を経て津山に移しました。
森可成の妻・妙向尼が建立した寺で、境内には「鉄梅院殿長春居士」の法名が刻まれた各務元正の墓石が今も残されているそうです。
各務元正と森家との深い絆を今に伝えるスポットのひとつなので、機会があればぜひお立ち寄りください。
各務元正に関する最新の注目ニュース
現時点では、各務元正に関する最新の史料発見などの大きなニュースは見あたりませんでした。
今後ニュースを発見次第、更新していく予定です!
各務元正の生涯と功績まとめ
各務元正は、その生涯を通じて森家への忠義を貫いた戦国武将でした。
宇佐山城での奮戦や数々の合戦での活躍、そして最期まで主君に仕え抜いた姿勢は、戦国時代の武将の理想像を体現していたと言えるでしょう。
猪突猛進的な性質がありつつ、ちょっとドジなエピソードがあるなど、魅力あふれる武将の1人です。
ただし、マイナー武将がゆえ、その存在を知る人は限られています。
「信長の野望」シリーズにも、残念ながら登場したことがありません。
だとすれば、新規武将として登録するしかありません。
森氏の重臣として活躍させたり、籠城戦で大軍を蹴散らせたり、各務元正の武勇を信長の野望の世界に轟かせてやりましょう(ゲーム内のみだけどw)。
本記事を機会に、各務元正に興味を持ってもらえたらうれしいです!
では今回はこの辺で。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
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