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史料にも名が残る明智五宿老の一人、藤田行政の生涯と魅力 - 大河ドラマや信長の野望で知る戦国武将

史料にも名が残る明智五宿老の一人、藤田行政の生涯と魅力 - 大河ドラマや信長の野望で知る戦国武将

藤田行政(ふじた ゆきまさ)は、明智光秀に仕えた戦国武将です。

その前半生は謎に包まれていますが、明智五宿老の一人として光秀から厚い信頼を受けていたと伝わります。

ゲームの「信長の野望」シリーズにも登場しますが、その経歴を知ったほうが、戦国時代を駆け抜けた一人の武将としてイメージしやすいでしょう。

そこで本記事では、大河ドラマやゲームの「信長の野望」シリーズの話も交えながら、藤田行政の生涯や魅力を解説します。

藤田行政の出自・功績・逸話

藤田行政は、明智光秀の重臣であり、明智五宿老の一人に数えられる戦国武将です。

名前(読み方) 藤田行政(ふじた ゆきまさ)
別名/渾名/二つ名 藤田伝五郎、藤田伝五、藤田伝吾、明智伝五
生年 不明
没年 天正10年6月14日(1582年7月3日)
不明
不明
兄弟姉妹 藤田行久
正室:不明
継室:
側室:
藤田秀行

以降では、藤田行政の生涯や功績を詳しく見ていきましょう。

出自

藤田行政の出自は、多くの謎に包まれています。

生年も出生地も不明で、両親の名前すら伝わっていません。

ただし、明智光綱の代から明智家に仕えていたとされます。

光綱は明智光秀の父とされる人物です。

しかし前半生の史料がほとんど残されていないため、出自に関しては不明点が多いです。

美濃国の土岐氏支流である明智氏に、代々仕えていた家系の出身なのかもしれません。

家族や親類

藤田行政には、藤田行久という弟がいました。

行久は「伝三」の通称で呼ばれ、山崎の戦いで兄とともに戦死したと伝わります。

また、子には藤田秀行がいて、明智家滅亡後の動向は不明です。

一方で、甥の藤田彦左衛門尉貞勝が、永禄12年(1569年)に観音寺へ仏画を寄進した記録が残されています。

2016年の調査では、藤田行政の子孫が現代にも残っていることが判明したようです。

www.asahi.com

内政や合戦での功績

藤田行政は明智光秀に仕え、畿内各地の戦いに従軍しました。

天正元年(1573年)の山城国静原山城の攻略戦で功績を挙げ、城主に任命されています。

また、主君・明智光秀と筒井順慶との仲介役を務め、大和国の外交も任されていました。

順慶は大和国随一の実力者であり、織田政権下では明智光秀の与力大名という立場でした。

藤田行政は両者を結ぶパイプ役として、長年にわたって信頼関係を築いていたのです。

信長の野望 新生の筒井順慶

天正5年(1577年)11月には、織田信長の副使として大和の興福寺との交渉にもあたっています。

『多門院日記』には「御反銭」の督促で奈良を訪れた記録が残っています。

御反銭とは?
興福寺大乗院が荘園や寺領から徴収していた年貢・税金の一種。「反銭」は、中世に土地の面積(反)に応じて課された税銭で、大乗院が管轄する土地から定期的に納められる金銭を「御反銭」と呼んでいた。

そして天正10年(1582年)6月2日に起きた本能寺の変。

行政は、本能寺の変の決意を事前に明智光秀から打ち明けられた一人と伝わっています。

変の際は、明智光忠、溝尾茂朝とともに第二陣4,000人を率いて参戦

行政らの奮戦もあり、変は見事成功します。

本能寺の変の後は、筒井順慶を味方につけるべく、その交渉役として動きます。

筒井順慶は、大和一国を支配する有力大名、その動向は光秀の命運を左右する存在。

主君・明智光秀としては、ぜひとも味方になってほしい大名だったことでしょう。

『多門院日記』によると、6月10日に藤田行政は順慶と面会した記録が残っています。

ただし同意は得られませんでした

一度断ったあと、大和国木津まで引き返した行政を再度呼び戻しているので、筒井順慶もどう立ち回るべきか相当悩んだ結果なのでしょうか。

いずれにしても、最終的には協力要請を断っているので、行政の交渉は失敗に終わりました。

晩年と最期

天正10年(1582年)6月13日、中国大返しで畿内に戻ってきた羽柴秀吉の軍との戦いが始まります。

山崎の戦いです。

藤田行政は明智軍右翼隊を率いて羽柴秀吉軍と激突。

『太閤記』によると、光秀本隊の5,000人を指揮したとも記されています。

激戦の中、体の6箇所に傷を負いながらも奮戦。

しかし戦況は次第に不利となり、淀まで退却を余儀なくされます。

そして翌6月14日、勝龍寺城が陥落したとの報が届きました。

主君・光秀の敗北を知った行政は自刃して果てます。

享年は不明ですが、最期まで明智光秀への忠義を貫いた生涯でした。

押さえておきたいエピソード

藤田行政にまつわる逸話は、以下を押さえておくといいでしょう。

  • 明智光秀から明智姓を賜り「明智伝五」と名乗った(『蓮成院記録』)
  • 本能寺の変の決意を事前に打ち明けられた明智五宿老の一人だった
  • 多門院日記』に活動が記録される数少ない明智家臣の一人
  • 山崎の戦いで6箇所の傷を負いながらも戦い続けた勇将だった

ほかにも興味深いエピソードがあれば教えていただきたくっ!

信長の野望シリーズでの藤田行政

信長の野望」シリーズといえば、戦国時代のシミュレーションゲームでおなじみです。

ここでは、「信長の野望」シリーズのなかでもおすすめのタイトルで、藤田行政の能力がどのように設定されているのかを見ていきましょう。

信長の野望 新生で初めて登場した藤田行政

タイトル別能力

藤田行政の各タイトルでの能力値は以下で設定されています。

タイトル 政治 知略 武勇 統率
信長の野望・創造PK - - - -
信長の野望・創造 戦国立志伝 - - - -
信長の野望・大志 - - - -
信長の野望・新生 43 52 68 51

タイトルごとの所持戦法や特性は以下のとおりです。

タイトル 戦法 特性・個性 奉行特性
信長の野望・創造PK - - - -
信長の野望・創造 戦国立志伝 - - - -
信長の野望・大志 - - - -
信長の野望・新生 激励 地の利 - 具足奉行(常備兵制)

ゲーム内で向いている役割

信長の野望」シリーズでは「信長の野望・新生」が初登場です。

大河ドラマ「麒麟がくる」の後に発売されたタイトルなので、放送が影響して登場したのかもしれませんね。

ステータスは武勇が高めの軍事向きの武将として設定されています。

信長の野望 新生の藤田行政ステータス

特別数値が高くないのは……史料がないからでしょう。

唯一武勇が68と若干高めなのは、山崎の戦いでの奮戦ぶりからでしょうか。

68あれば火力的には問題ないうえ、要所を積極的に攻撃する「地の利」持ちなので、野戦での働きを期待したいです。

一方で統率は51と平凡なので、防御力が重要な攻城戦や籠城戦には不向きかも……。

とはいえ、本能人の変が起きる「夢幻の如く」や本能寺の変後の「天王山」などのシナリオなら侍大将からのスタートです。

侍大将は城主を任せられる身分なのがありがたいです。

信長の野望 新生の本能寺の変シナリオで明智光秀の天下統一事業に励む藤田行政

軍団長を任せるにはちょっと心許ない……。

城主を任せるのも、他に有能な武将が家臣になるまでとし、それ以降は主君・明智光秀の側近として働いてもらうのがいいでしょう。

身分が部将以上になれば外交(他家や朝廷)も任せられます。

政治・知略は低いですが、部将以上の側近は貴重です。

外交の親善の上昇値が低いなんて関係ありません!

感状を与えればステータスを上げられるし(1つ与えるごとに1UP)、そもそも外交は時間がかかるので上がり幅が少なくても大した問題ではないのです。

史実通り、筒井氏や大和周辺諸国の外交担当を任せてもいいでしょう。

藤田行政プレイにおすすめのタイトル

藤田行政プレイにおすすめの「信長の野望」シリーズは、以下4つのタイトルです。

それぞれでおすすめポイントが異なるので、プレイスタイルに合うものを選びましょう!

タイトル おすすめポイント
信長の野望・創造PK
  • 内政と軍事、どちらもほどよく楽しめる
  • 複雑すぎないゲームシステムで遊びやすい
  • 築城で支城を作れば戦略の幅が広がり、より楽しくなる
信長の野望・創造 戦国立志伝
  • 大名プレイのみならず家臣プレイも堪能できる!
  • ゲームシステムは創造PKを踏襲しているので遊びやすい
  • 異次元世界にある領地を発展させるのが楽しい!
    (個人的には、領地の兵力はあまり増やさないほうが楽しめる)
信長の野望・大志
  • 戦国時代のリアルな戦闘の雰囲気を味わえる野戦が楽しい!
  • 「志」システムが大名の個性を引き出している
  • 他国との外交が天下統一への肝になっているところに現実味がある
  • 正室以外に側室も設定できるのがうれしいw
信長の野望・新生
  • 籠城戦はシリーズNo.1の作りこみ!籠城戦楽しい!
  • 大志同様、外交戦略も必要な点にリアルさを感じる
  • コツさえわかれば小国でも乗り切れる(序盤はかなりきつい)
  • 武将ごとに設定された「奉行特性」は、効果の説明を読むだけでワクワクするw

 

藤田行政プレイでの注意点

信長の野望・創造 戦国立志伝」以外のタイトルの場合、大名プレイをするには以下どちらの方法が必要な点に注意してください。

  • 大名プレイをするには、元々仕えている大名の娘婿になり、大名を隠居して家督を継がせる必要がある
  • 信長の野望・大志」(PK版のみ)や「信長の野望・新生」の場合、ゲーム開始前に大名を変更する。

個人的には、「信長の野望・大志」または「信長の野望・新生」がおすすめです。

戦好きなら野戦がアツい「信長の野望・大志」、籠城戦で大軍を寡兵で退けるのが好きなら「信長の野望・新生」!

 

 

藤田行政が登場する小説・書籍・アニメなど

続いて、藤田行政に関連する書籍をピックアップしておきます。

藤田行政が中心となる書籍はありませんが、彼が仕えた明智光秀の書籍は豊富にあります。

なにしろ本能寺の変を起こした張本人ですから!

明智光秀の動向や本能寺の変の謎に迫る書籍を読めば、藤田行政のイメージも固まってくるでしょう。

興味がある書籍や作品があればぜひ!

藤田行政の関連書籍

  • 明智光秀と本能寺の変』 2014年(文庫版) 著:小和田哲男
    戦国史研究の第一人者が、金ヶ崎退き口での武功や「近畿管領」としての光秀の実像を明らかにします。怨恨説、野望説、黒幕説、四国問題説など諸説を丁寧に検証し、本能寺の変の真相に迫ります。2014年発見の石谷家文書についての解説も収録!
  • 明智光秀伝:本能寺の変に至る派閥力学』 2019年 著:藤田達生
    本能寺の変研究の第一人者が、2014年以降の新発見史料から信長の「裏切り」と光秀の危機を解明します。四国政策の転換、足利義昭の策動、織田家中の派閥抗争が連動した「三層構造」説は必見です。
  • 明智光秀の生涯』 2019年 著:諏訪勝則
    連歌や茶道に長け、織田家中随一の重臣となった光秀がなぜ主君を討ったのか、その謎に迫る評伝です。光秀の人物像から家族・家臣団の実像まで詳しく解説し、本能寺の変の新たな視点を提供します。藤田行政ら明智家臣団の動向を知る上でも貴重な一冊です。
  • 地図と読む 現代語訳 信長公記』 2019年 現代語訳:中川太古
    信長の側近が記した第一級史料が、地図付きでスラスラ読める一冊です。本能寺の変で光秀が斎藤利三、藤田伝五らに決意を打ち明けた場面など、歴史的瞬間が描かれています。戦国時代の地理関係を理解しながら、信長と明智家臣団の実像に迫れる戦国時代ファン必携の書です。
  • 本能寺の変の首謀者はだれか: 信長と光秀、そして斎藤利三』 2020年 桐野作人
    近年注目される「四国説」を徹底検証。明智家家老・斎藤利三の主導的役割に迫った一冊です。「ときは今…」の連歌を詠んだ3日前にはまだ決断していなかった光秀が、なぜ本能寺の変を起こしたのか、藤田伝五も含む明智家臣団の動きを詳細に追った必読書です。
  • 異聞 本能寺の変: 『乙夜之書物』が記す光秀の乱 (史料で読む戦国史) 』 2023年 萩原大輔
    「光秀は本能寺にいなかった」説を提示し、メディアで話題となった研究書。加賀藩の兵学者・関屋政春が記した『乙夜之書物』をベースに、藤田伝五ら明智家臣団の実際の動きが明らかになる!?本能寺の変研究に新たな視点をもたらす一冊です。

大河ドラマでの藤田行政

藤田行政は、大河ドラマでは以下の2作品に登場歴があります。

大河ドラマでは、藤田行政ではなく、「藤田伝五」または「藤田伝吾」の名で登場しています。

近年の『麒麟がくる』では、初回から最終回まで登場し、知名度が上がった武将の一人でしょう。

  •  

明智光秀(演:長谷川博己)に生涯付き従う忠臣として、武勇に優れた武将の姿が印象的でした。

ちなみに演じた徳重聡さんは、武将としての説得力を持たせるため、クランクインの数か月前から殺陣の稽古に通ったそうです。

明智光秀が登場するからといって、藤田行政が出るとは限りませんが、今後の作品でも登場してくれることを期待!
斎藤利三明智秀満のほうが登場確率は高そうだけど。

ゆかりの地:藤田行政と歴史を感じる場所

藤田行政のゆかりの地を紹介します。

静原城(静原山城)(京都市左京区)

静原城は、藤田行政が城主を務めた城です。

天正元年(1573年)、明智光秀が山本氏を降伏させた後、藤田行政に与えました。

京都府京都市左京区にあり、標高470m、比高270mの山上に築かれた典型的な戦国山城です。

そのため、曲輪、土塁、石垣、堅堀、堀切などの遺構が良好に保存されています。

山頂からは京都盆地を一望できます。

現在はハイキングコースが整備され、春の新緑と秋の紅葉が美しい場所です。

京阪本線「出町柳駅」から京都バス17系統「静原」下車(約40分)、そこから徒歩40~50分の登山で辿り着きます。

本能寺跡(京都市中京区)

本能寺跡は、もちろん織田信長が明智光秀に襲撃された本能寺があった場所。

京都市中京区にあるこの地で、織田信長が明智光秀の謀反により自害しました。

藤田行政は明智光忠、溝尾茂朝とともに第二陣4,000の兵を率いて襲撃に参戦したと伝わります。

現在は堀川高校と社会福祉施設が建ち、石碑が2つあるのみです。

都市バス「堀川四条」下車すぐ、地下鉄烏丸線「四条駅」から徒歩10分でアクセスできます。

郡山城(大和郡山市)

郡山城は、藤田行政が本能寺の変後、筒井順慶の協力要請に赴いた大和国の城です。

奈良県大和郡山市内にあるこの城は、かつて筒井氏の居城でした。

現在も天守台跡、追手門、櫓などが現存し、石垣には「さかさ地蔵」で有名な転用石があります。

2022年に国指定史跡となり、日本さくら名所100選にも選ばれています。

週末にはボランティア「石垣の語り部」による無料ガイドも実施されています。

JR大和路線「郡山駅」から徒歩15分、近鉄橿原線「近鉄郡山駅」から徒歩7分です。

山崎古戦場(乙訓郡大山崎町)

山崎古戦場は、藤田行政が臨んだ最期の戦い、「山崎の戦い」が行われた場所です。

京都府乙訓郡にあるこの地は、羽柴秀吉と明智光秀の軍が激突する、天下分け目の戦場となりました。

この戦いで、行政は6箇所の傷を負いながら奮戦したと伝わります。

現在は天王山夢ほたる公園に古戦場碑、「天下分け目の天王山 山崎合戦古戦場」が保存されています。

JR東海道線「山崎駅」から徒歩15分、阪急京都線「大山崎駅」から徒歩10分です。

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藤田行政の生涯と功績まとめ

藤田行政は、明智光秀の家臣のなかでも、明智五宿老の一人に数えられた戦国武将です。

前半生は謎に包まれていますが、筒井順慶との外交交渉や、本能寺の変での活躍など、重要な場面で活躍しています。

そして山崎の戦いでは6箇所の傷を負いながらも奮戦し、最期まで主君への忠義を貫きました。

史料が少ない武将ですが、『多門院日記』などに記録が残る貴重な存在でもあります。

「信長の野望」シリーズでは、「信長の野望・新生」で初登場を遂げました。

ゲームで明智家を使う際は、ぜひ藤田行政を重用してあげてください!!

また、ゲーミングPCのサイト「ツクモル?」で「信長の野望 新生」のプレイにおすすめのゲーミングPCを紹介しているので、ゲーミングPCの購入を検討している人は参考にしてみてください。

tsukumos.com

 

では今回はこの辺で。
ここまで読んでいただきありがとうございました!

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