友達と鍋をした今日がここ数ヶ月欲しかった「大好きな日常」で、もちろん、これが個人の努力だけでどうにもならない世界であることは分かった上で、私は今日を嬉しかったと繰り返し言いたくなってしまって困るぜ。
毎日言ってる?本当にそう。それは私がラッキーということだけど、だからって一日一日の質量が変わるわけじゃない。だからちょっと困ってすらいるよ、と今日、思う。
洗濯機を受け取る為に早起きして掃除をして、うたた寝をしたり片付けや買い出しをしながら過ごした。そうしながら、考える、考える、考える。
世界のこと、社会のこと…もう少し近付けて自分のこと。さらに言えばそういうことを「考える余裕がない」自分のこと。
分からなくなって、大切だと思ったラジオを聴きながら「なんでこのラジオを大切で思ったか」を考える。言葉になるギリギリ、瀬戸際、言葉の波にチャプチャプしていたら夕方になっていた。
夕方、友達と食材を買いながら、鍋の用意をする。友達が、まもなくの私の誕生日に向けて土鍋を買ってくれた。
土鍋が欲しい、と思った。だけど、それは人が私の人生にいてこそありきだ、と思う。一人なら今の調理器具でも良い。だけど、それこそ、私はこの鍋をくれた友達はじめ、好きな人たちと「寒いねえ」と季節を確認したかった。これまでだって鍋はしてきたけど、その中で「土鍋」はあまりにも「季節」だ。
土鍋をくれるなら、と鍋をする約束をして、野菜をくつくつと煮込む。コンビニのホルモン鍋を煮込む。
好きなアーティストのライブに騒いだり仕事のことや、日常についてぼやいたり。推しの表情や好きなラジオの話をしたり。
分からんけど。いや、それを「分からんけど」というのは、怠慢だ。ずっとそう。こういう中で分からないも含みながらでもずっとお酒を飲んで「分からねえ」と「楽しい」を煮詰まらせてきたのだ。
いま、ぽやぽやと幸せのなかにいる。
ふと昨日、友達に言われたことを思い出す。なんか、答えが出たみたい。今更、他人軸に何かを預けることもない。何かどうとかではなく、自分の中の大切が分かり過ぎるくらいはっきりしてる。
だから、余計にここ最近、好きな人たちに会うと嬉しいんだな。この人たちと一緒にいたいの感覚がはっきりしてるから。
安心して寝れる、なんて思う。そうやっている。それを知っている。それが、こんなに嬉しい。
Wavebox始めました。絵文字だけとかメッセージとかを匿名で送れるやつです。
メッセージお返事です。
ぽちぽちもありがとうございます。このスタンプにも「誰かが読んでくれたんだ」と思って毎回嬉しくなってます。
こんな感じで私の元気が出るのでよければ〜。