そうか、先週は体調不良で寝込んでいたからだからなんだか、休みがずいぶん久しぶりな気がするのか。と、今、布団の中に入り「今日はたくさん幸せだったな」と思って分かった。そうかそうか、そうだったか。
外に出て「ああマフラーはいらないのか」と思った。ヒートテックを着なくていいか、と気付けたのはかなりラッキーで、マフラーはずっと荷物になっていた。少し歩けば汗ばむ。
また数日後は冷え込むらしいけど、おおよそに、春である。
好きな作家さんのグッズを見に行ったけど、残念ながら期間の後半だったこともあり、ほとんど残ってなかった。それでも誰かの「好きなもの」がたくさん詰まった空間は嬉しくて、その嬉しいを持ったまま、珍しくラジオではなく、音楽を聴きながら街を歩いた。
住宅街に今日は目的地があったので、ぼんやりと住宅街を歩く。スーパーや古民家なんかを見ながら「街だなあ」と思う。私は地元を離れているので「ああ懐かしい」と思う街ではない。
幼少期の思い出を刺激するような街並みには年に数回しか帰らないし、なんなら地震で若干街並みが変わっているから「懐かしいな」と思わない街並みもありはする。
なんとなく今日はそのことが不思議だな、と思った。当たり前に自分の生活の中に自分の過去がないというのは、かなり面白い。
とはいえ、歩いていた街は前職で一時期事務所があった場所で「あ、このスーパーは上司に怒られて昼ごはんを拗ねて買いに行った場所だな」とか「郵便出しに来たな」とか思い出すことがあって「思い出ってのはすごいな」とも思った。
ノスタルジーらしいノスタルジーじゃなくても生きていると不意打ちで思い出が地層になって出現することがある。
それから、ランチの約束をしていたソラちゃんとなんだかんだと話して、もうこのまま買い物や夜ご飯も一緒しちゃおう!となった。
今日、久しぶりにソラちゃんに会った。年始初めてらしい。まさか2月にあけましておめでとうを言うとはね。
たくさん楽しいことの話をしよう、と思っていた。幸い、ここ数ヶ月で「面白かった」がたくさんあったのでその話をしていた。いつもいつも「やだな」の話をしてしまうから、今日は「この世界がいいな」と思った話をしたかったのだ。
ふたりでたくさん笑ったし考えた。結局数ヶ月考えているなんなんだろう、の話を聞いてもらったりもした。
言葉にすることの意味を考える。言葉にしない人だっている。
ソラちゃんが「私たちは言語化したいんだよね」と言っていた。これってなんなんだろう、の形を確認せずにはいられないのだ。
それは、きっと「なんなんだよ」と思ってるからだ。生きることも人間も社会も。なんなんだこの理不尽、と思うから少しでも言葉にして考えたいし好きなものの形を確認して納得したい。
それって、かなり、幸せなのかもしれなかった。同じように言葉にしてくれるひとがいる。
だから私は「こんなことがあった」って話したくなる。嬉しいことも、悲しいことも。
それってかなり愛なのかもな、と思う。少なくとも、私にとってはかなりそうだ。
Wavebox始めました。絵文字だけとかメッセージとかを匿名で送れるやつです。
私の元気が出るのでよければ〜。