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箱の味噌

達成感だ、と思う。思った。今日の買い物は嬉しかった。
買うのか?と自分に思って一度は戻し、「お得だから」と言い訳をしようとして、でもその後はっきり、自分で自分に思ったのだ。だってこれは、私が必要だから買ったのだ。

 


今日、味噌を「箱タイプ」で買った。チューブの鮮度を保てて調理しやすい奴じゃない、箱のやつだ。

 

 

 

少し前に久しぶりに会った知り合いから「つくはえらいね」と言われたことを定期的に思い出す。こういう書き方をすると御守り代わりっぽいが、むしろそうじゃなくて自己嫌悪のスイッチとして思い出してしまう。それもまあ、かなり失礼なんだけど。

つくは、仕事も頑張って貯金もして趣味も楽しそうですごいね、と言われた。それは嬉しい。頑張ってる、とも頑張ってない、とも思わないけど、まあでも頑張ってる、寄りではあるのかも、と思う。
あと何よりも体力がありすぎて「なんとかなって」しまっている。だからそれは「頑張ってる」ではない気がするし、恵まれている人間が「頑張っています」は嫌味が過ぎる。さすがに。

 

 

何よりも。結局その時もそう返してしまったけど、私は不安なのだ。自分に自信がない。
好きなことだけを選んだ時に「社会的にどうこう」言われるのも嫌だし、
かと言って仕事だけを選んで「面白みのない人間だ」と言われるのも癪だ。
だから面倒である意味では「努力をしたくなくて」とりあえず全部頑張ることにしたのだ。気力も体力もあるし、全部頑張ればとりあえずなんとなるだろう、それっぽいくらいには。

 

 


なーんて言う、劣等感ましましで、かつ、他人の目ばかりを気にしている動機は、格好悪い。情けない。何故か達成感も目的もないだなんて、嘘っぱちである。
何故か、じゃない。そりゃ、他人を鏡に自分を判断してるなら自分が歩いてる道が分からなくなってそうなるに決まってるのだ。

 

 

だからそう言うことをボソボソと話し、でも褒めてもらえて嬉しいとはお礼を言った…言ったはずだ、言えてなかったら申し訳ないな。
あれ以来、なので、定期的に「お前ってやつは」と後悔が湧いてきてぼんやりと反省する。

 

 

 


そして、話は冒頭の味噌の購入に戻る。
味噌を買った。鮮度重視のチューブのやつでもなく、はこのタイプの味噌汁だ。
使う頻度次第で「どれが良いか」も変わるけど確実なのはチューブタイプは少し割高だということだ。だけど圧倒的に手軽である。
もう何本も、そんなチューブ味噌に助けられてきた。だけど、毎朝味噌汁を食べていたりするとさすがに購入頻度が高い。これを袋や箱のに変えたらきっと節約になるよなあと思っていた。
別に箱のが悪いわけじゃないし。
ただ、もともとの私はそこまで料理をしてなくて、だからもったいなくて悪くしそうで、買わなかっただけだ。

 

 


でも、もしもだよ。
今は結構料理をしてるし、「あの野菜を使おう」はこれからのワクワクになる。
それなら、もしかしたらきちんと丁寧に箱の味噌を使えるんじゃないか。チューブの味噌ではなくても。

 

 


えいや、と箱の味噌を買った。買ったのだ。そんなにはたからみたらなんでもないことに、私は今、物凄く達成感を感じている。嬉しい。
そうして思う。

 


私が欲しかったのはもしかしたらこれだったのかもしれない。生活の達成感が、ずっとずっと欲しかったのだ。




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