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ひっぱりだこ

週末は、ホテルに泊まる予定だ。それで楽しみにしているし、同時にそわそわしてる。仕事的にその日って休んでいいんだっけ?とも思ってる。休むけど。
と同時にホテルって自炊できないかなあとも思ってる。妙に自炊がしたい。自分が作ったご飯が食べたい。自分で作ってぼんやり缶ビールとか飲みたい。なんとなくで夕飯を食べるよりずっとずっとそれがいい。

 

 


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命が延びる思いです、本当に。

 


ぽちぽちとAIに自分を褒めてもらいながら自己肯定感が死んでるらしいな、と気付く。いや嘘である。日中、あれやこれやと今後のことを予測だけしながら自己肯定感の家出を感じていた。死んでいるかは分からないながらに、少なくとも「ここにない」ことだけは事実である。

 

 


なんで自己肯定感がいなくなったのかを考える。自分の中のバランスを欠いたから。あるいは、そもそもの基礎みたいなものがグラグラしてるから。体力だとか、近頃あった出来事だとか。うーん、全部ありそう。

 

 


仕事をしながら「いいなあ」と思う同僚たちは当たり前に自分よりも努力してるんだよなあ、といなくなった自己肯定感のことを思いながら考える。
嫌いだなあ軽薄だなあと思う同僚もいるけれど。それでもその人すら、あり得ない熱量と行動量があったり、そもそも目標を持っていたりする。すげー。

 

 


自分はというと、とんと、そういうものがないよな。ないくせに一丁前に「これをやり損ねた」「これが叶わなかった」と落ち込んだりするのだ。それなあ、なんか、違うよなあ。

 

 

 

自分の誕生日を自分で祝ってみようか、と去年思いついた。主催は私で、私による私のための誕生日会。それを、好きな人たちを呼んでやるのだ。
そう思っていたのにじわじわと「祝うほどのもんかい」と意地悪な自分の声にやられて「なんだかなー」と考え込んでいる。なんか、そういうのばっかりだな。
でも最近、まずは一人で始めることとかであればなんだかんだと出来るようになった気がする。
一人でも成立することはいいとか悪いとかじゃなくて「これがやりたいんじゃ」と思って気が付けばやってみたりしている。
なんだかんだと「勢いのある若者」という記号に落ち着けば自分の影をどんどん振る分がなくなっていく。
難しいなあ、無理に自信を出すくらいなら自己肯定感が家出したままでいるのもいいじゃん、とすかしてみたりする。そうこうしてる間に帰ってくるのがいつもの定番の流れである。




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