「ああ楽しかった」と思う。そんな日だったな、と思って今、ニヤニヤしている。仕事の対応が思うように進まず、荷造りで自分の「苦手」と向き合い、帰省する前に綺麗な部屋にしようと思っていた目標は果たせずだったけど、でも「それでいい」と思えるくらいに、今日は良い日だった。
美容院に行った。
指名をせずでやっているけど、前回切ってもらった方のような気がして、また、やりとりに「あ、やっぱりあの人だ」と確信して、嬉しくなった。前回髪を切った時に友達から褒められて嬉しかったのだ。「前の時みたいに」と思わず言ってしまって「この期間で何人の人の髪を切ってると思うのだ」と途端に自意識に恥ずかしくなるも「これくらいの期間だとこのくらい伸びたと思うので〜」と言われた。
覚えてる、とも覚えてない、とも言わないプロのお仕事だなあと思いながら「じゃあそれでお願いします」と言う。
その人は、ほぼ施術中話さない。通っているところは会話の好みを答えるアンケートなどは残念ながらないし、もうそこそこ……おそらく、8年くらい通っていて都度都度人が変わるから、場合によっては会話が発生し、チクチクすることがある。私は「雑談」が相変わらず苦手だ。
だから、淡々と、でも、無理ない感じに黙っているその人が、私はとても好きだ。時々髪の毛の手入れについてさりげなく教えてくれるところも大好きである。
何より、施術の終わり際に、前回も今回も嬉しそうに「うん、綺麗。うん」と言ってくれるから嬉しい。私を褒めているようにも、自身の技術を確認して喜んでいるようにも聞こえるその呟きが、私は大好きだ。自分の仕事に誇りがある人のお仕事を受けられることは、本当に嬉しい。
もしかしたら、次は、生まれて初めて指名での施術をお願いするかもしれない、と思う。
夜は、時々ラジオごっこを一緒にやるソラちゃんと忘年会をしていた。1ヶ月半ぶりに会うソラちゃんとお互いのこの期間とこの1年を労いながら、ご飯を食べる。
大晦日か、あるいは元旦かにあげるつもりの記事にも書いたけど、なんというかこの1年は私にとって「人間関係」を考える1年だった。どれだけ自分が恵まれているかを実感したし、同時に自分の付き合いづらさや不誠実さにうんざりすることもあった。
ふとそんなことを喋るソラちゃんを見ながら思っていた。
ソラちゃんとも2月に「ちょっとここいらでお互い思ってることを話そうよ」と話したことがあった。不恰好な私のコミュニケーションは定期的にそういう不協和音を生み出してしまうけど「ちょっと話そうよ」と踏み込んできてくれるっていうのは、覚えておいた方がいいし、本当にありがとうって何回も思う。
「別に、何もせずでやれてるわけじゃないよ」
そんな感じのことを、ソラちゃんが言っていた。本当はもう少しはっきり言葉を覚えているけど、それは自分の中で大事にしておく。でも、そのくせ、そうして自分との関係を思って、工夫して、話したり考えたりしながら一緒に続けようとしてくれるひとの存在が嬉しいと、言葉にして残したくなるくらいに、ぽかぽかしてしまっている。
私はこれを、当たり前だと思いたくない。そして同時に、好きな人の言葉を思い出して「だから人って関わるのか。というか、関わるってそういうことなのか」と考える。
もうそこそこ生きてきたつもりだけど、いまだに、私は新鮮にそれを学んで、失敗して、喜んでいる。