以下の内容はhttps://tsuku-snt.hatenablog.com/entry/2025/12/25/235910より取得しました。


かまってみくのしんLove youが好きだという話をさせてくれ

年末になるたびに、以前やっていた菅田将暉オールナイトニッポンでのオープニングトークを思い出す。年末が近付くと「ああ、たぶん、これ終わらへんのやろうなあ」って思うことってあるよね、というトークだった。まさしく私も今絶賛「ああもうこれたぶん終わらへんのやろうな」を数えている。せめてブログは書き上げたいけど、どうだろう。あとゲームもクリアしたい。
仕事は明日なんとか納めたかったけどぼんやり土曜日も仕事をするコースが見え始めた。なんで?

 

 

 

そんな「もうこれは終わらへんのやろうな」の一つが「ラジオを聴き終える」だ。
さらに正確に言えば、2017年から遡って聴いていたラジオを今の放送分まで追いつくことはできないだろうな、である。

 

 


度々ブログでも話題に出している「かまみく」こと「かまってみくのしん」というラジオは2017年から始まった。私はその音源を一つ一つ仕事始めの日から職場の昼休みに聴くことを楽しみにしていたのだ。
しかし、気に入った回は何回も聞き返すわ、もちろん最新回を聴くこともあるわで、ようやく今は2020年から2021年の3月まで放送していた「かまってみくのしんLove you」をなんとか聴き終わった。それでも4年分か。

 

 


今日は、そのラジオの話がしたい。後半、コロナ禍でリモートだったこともあり、そんなに特別振り返ることもない、惰性でやっているかもしれないと不安にもなったから真剣に(今までこのラジオでよくあった「終わる終わる詐欺」ではなく)ラジオの終わりも考えたという、Love you。捨てシリーズだ、なんて自虐もあったけど、私は力いっぱいこのシリーズが大好きだということを言葉に残しておきたいのだ。

 

 


2020年4月と言えば、緊急事態宣言真っ只中。余談ではあるけど確かうちで踊ろうの最初の投稿が4月3日とかなので、ドンピシャで公開日が一緒だ。そう思うとなんとなく、あの頃の空気を思い出す。私はあの頃は慣れない札幌の地で寂しい気持ちと不安な感覚に困惑していたっけ。

 


そんなわけで、かまってみくのしんLove youもリモートで録音されている。
今でこそZOOMやGoogle Meetでの商談や何でもないオンライン通話が当たり前になったけど、この頃はまだまだ手探りだった。だから、ラジオの中でもリモートでラジオ録音は無理だ!!!とかなり試行錯誤し続けていた。
今までの丁々発止なやりとりが出来ないなかで、どうやったら「かまってみくのしん」が出来るのかを探ったり諦めたり、でも段々と調子を出していくことを楽しめる。それだけでも「Love youだからこその面白さあるじゃん!」と叫びたい。

 

 

 

 

特に前半、ともかく色んな友達や知り合いを呼び、なんとか話を盛り上げようとしていた時期は、逆に「ふたりのラジオ」では聴けないやりとりやあの頃よく話していた「コロナ禍が明けたら何がしたい?」という話を聞いて多方面からなんとも言えない味わいがあった。
あったなあ、あの頃「これが終わったらこれをやろう」となんでもない予定を立ててはへこたれそうな気持ちを励ます時期…。
あと、それに関連して挙げると「不安なことは口にしても良いだろ」と最初の頃にかまどさんが度々みくのしんさんに言っているのも印象的だった。これ、リアルタイムで聴いていたらグッときただろうな、と思う。

 

 

 


不安なこと、先が見えないことにイライラすること。それを誰かに押し付けたりしない限りは「そうだ」と言うことは悪いことじゃない。
疲れきった昼休みにそんな話を聴いて泣きそうになったことは今でも覚えている。

 

 

 

またこれはこのシリーズそのものの魅力というとズレるけどたかやさんがゲストに来た第9回は私の中で特別宝物になった。

 

 


 

 

 

そもそも前シリーズからギクシャクというか飲酒やその他諸々で険悪になり、絶縁する!と宣言した相手のはずのたかやさんがゲスト、と書かれたタイトルに再生前からドキドキしたし、まあプロレスだったってことだよな、と思っていた中で聴き進めてたはずが、思いもよらない方へと進んでいく。

 

 


なんでかまどさんがたかやさんの過剰飲酒に腹が立ったのか、またそれに思い至って変わっていきながら今までしてこなかった「人との会話」を「会話ってすごい!」とどんどん「開けて」いく姿に何度も何度も感動してしまった。なんならわりと言葉を覚えるくらいに聴いたし、なんの因果かちょうど今年、そこそこ長年の友達と喧嘩を立て続けにして「なんなんだ…」と思ってた自分にブッ刺さりすぎてそう言う意味でも泣いた。
「怖かった」で怒ってしまうことはあるし、「会話をする」って大事なんだよな…。

 

 

 

 

もちろんそういう感傷的な魅力だけじゃない。脱力的に楽しんだこともあるし、ZOOM収録だからこそ起こった珍事件も印象的だった(電話がかかってきたりメールを見たりするのをあんなに面白く出来るのは本当にすごい)
リスナー参加型の企画も、相変わらずの狂気で職場で笑いを堪えるのが大変だった。

 

 

 

 

家の外に出れないから確かに話すことがない、というのは事実だったんだと思う。だけど、その分、なんならラフな力の入ってないふたりの話を盗み聞きさせてもらってるような居心地の良さがあった。なにより、そうした中でふと漏れるような言葉たちが、私にとって大切な瞬間になることもあった。
それは9回はもちろんのこと、80歳になってから聞く音源など「聴き続けてきた」なかで、今だからこそ知ること、今だから起こった感情などなど、一つ一つが時間の積み重ねなように感じた。

 

 

 


だからこそ、2025年の今もまだラジオは続いていると知っているのにラストの方、本当はラジオを辞めようかと真剣に相談していたというトークを聴いて本気で心臓が痛くなった。もし、あの時に終わっていたら私は出会えていたかわからない。そう思うとあの時のごとうさんは私にとってもヒーローだ。
みくのしんさんがその続けるいうことにもなんでもない会話をするこのラジオも楽しいと言うことにも嬉しくなった。

 

 

 

 

私にかまみくを勧めてくれた友達が言っていた「人間を感じるからお勧め」という言葉の意味を毎シーズン毎シーズン感じるけど、この「Love you」はまた違ったニュアンスでも「人間」だったし「生活」だった。あの頃の不安感を思い出したり、それでもと工夫していたこと、楽しませようとしてくれる人たちに「大好きだ」と思ったことを改めて思い出せたりした。だから私は、このシーズンが大好きだ。

次の「作業用かまみく」は個人的にも去年飛び飛びで聴きながら何度も何度も助けられたシリーズだ。ランダム再生で流れるどの回でもほぼふたりが爆笑してでかい声を出してておかげで乗り越えた日がある。
だから、1から聴くと決めた日からこのシリーズを聴くのが楽しみだった。だけど今、またその楽しみがさらに色合いが増えて奥行きも増した気がする。

 

 


一度は「惰性でやってるんじゃないか」と思って辞めることすら考えた二人が、負けてられない、と今(2021年3月末)またギアが一段階入ったような気がしてる。だから、一体次のシリーズから何が聞けるのか、楽しみなのだ。

 

 

 

今年中には聴き終わらないだろう。だけどおかげで、またしばらくは最新回の「今」の彼らと過去の彼らのお喋りを同時並行で楽しめる贅沢が味わえそうだ。




以上の内容はhttps://tsuku-snt.hatenablog.com/entry/2025/12/25/235910より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14