仕事でむしゃくしゃしたので飲みに行こうかと思って、でもそんなわけにも行かずにドーナツを帰って「ああ家に帰ったらあれやこれをしないと」と思いながらとぼとぼと歩く。ふと最寄り駅に着いたくらいで、ちょうど続きを、と思って聞き始めたラジオのトークが山場を迎える。とんでもないことを言い始めるパーソナリティと、それにげらげらと笑う相方のパーソナリティに気がつけばふふ、と笑って笑っていたらなんだかぐっと泣きそうになって階段の途中で立ち止まるバケモノになってしまった。
浪人中、滑り止めに、と受けた学校の試験で出願の書類を書き間違えて不合格になったことがある。
センターでは文系の教科しか受けていないので文系の学部にしか出願できないのにマークすべきところを勘違いして理系の学部に出願してしまったのだ。
合格発表の時に自分も自分にがっかりしたし、親も引いていた。どうするの、と家族から呆れと心配の入り混じった叱責を受けて部屋に引き篭ったし、その時、自分の口から咄嗟に出たのは当時大好きだったお芝居の中で、ある不器用な男が自分自身を詰る台詞だった。今心底、あの気持ちだ、と思って私はその台詞を口にした。
親はふざけるな、と怒ったけど、いまだに思う。本心、あの時の私の気持ちはあれだったのだ。
ふと最近も、ラジオで聴いた言葉が口をつきそうになることがある。怖かったんだ、や、もう飽きた、や、それは、「そうありたい」もあれば「ああ自分の気持ちがやっと出口を見つけた」というような勘違いもある。
さすがにもうあの浪人時代の自分とは歳が違うので分かる。本心、同じだ、と思ったけれど、同じなわけがない。そういう風にいろんなバックボーンの観客やリスナーが心を重ねられる器のある表現であるのは間違いないけど、それはそれとして、同じではないし、自分の心の出口だ、と思ったのは言葉の間借りだとも思う。
だからじゃあと自分の言葉を使うけど、自分の言葉を使った時はちっともうまくいかないんだよ、とふと思って、それは鍛錬不足ですねえ、と静かに言い返す。そうですね、そう思うよ。
イヤフォンを通して、ふたりが笑う。またそれに笑って、泣くのを堪える。聴いたら分かるけど、言えばズレる言葉ばかりだよ。
12月27日くらいまで「今年書いてたあのブログよかったよ」のアンケートやっています!
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2026年1月の文学フリマ京都に申し込みました!無事に日記が1年続けられそうなので記念に日記本を出す予定です。
自分である程度各月1本ずつくらいの日記を選んで振り返ったり補足したりしようかなーと思ってますが、もし「これ良かったぜ」というのがあれば教えてください。参考にします。
何より、私がニヤニヤします。