11月のティアは、行くべきだったな、と思う。東京に向かう深夜バスの中で「ああ、よかった」と思って、そう思うと今年は、節目として向かえていることが、嬉しい。
去年のティアの日記の中で「ぼやけた」と書いた。実際は、急に仕事に行けなくなっていた。もう終わりでいいんじゃないか、と思った日が母の誕生日で、「推しの舞台のチケットも買ってるし、ティアも行こうって友達誘ったし、その後考えた方が良いか」と思っていた頃だった。
ティアに行く前にも、「みくのしん_生」や山月記の読書記事を読んで「もう諦めたいのだ」という気持ちを「続け続ける」「それでもだよ。「あいつ辞めちゃったけど、今も続けてたらな……」って誰かが絶対思ってるもんなんだよ。だから続けるんだよ」を読み返しては、そうだったらな、と思ってきた。
(後半は山月記の記事より引用)
それからティアに行ったら、ひたすら狭い部屋でラジオで聞いたデカい声は広い世界で色んなひとに向けられていたし、大好きな芝居は最高だったし、買った本の「好きだ」で作られた世界は、「まだ続ける」には十分だった。
別に、それから全部が平気になったわけじゃない。
今年の夏にだって「辞めてやろうかな!」と思ったし、今だって「喋りたくねえ」と思うことはある。もう無理だよ、と思ったりもするけど、少なくとも、狭い部屋の中で終わったりはしない。
日記を毎日書くようになったし、友達も増えた。仕事も結局好きなのだ、と思う。
だから、今日、ティアに行きたかった。
みくのしんさんの家が、9月に水没して、その後のラジオで「ラジオで話せてよかった」と言った日を覚えている。とはいえ、絶対にしんどいはずで、と思っていたけど毎週、怒りやなんなんだよ!を笑いを交えなかわら喋るみくのしんさんとかまどさんに何回「すげー」と思ったか分からない。
その上、ティアで新刊やグッズを作るというみくのしんさんに細々とながら本を作る私はまじかよ、と思った。だって、普段、他の仕事だってあるのだ。なんなら水没から締め切りまでの間、オモコロは「20周年展」もあったりした。そこでも連日、八面六臂の活躍をみくのしんさんが見せていたことを私はSNSで見ていた。
でも、いま、彼の新刊が私の手元にはある。
新刊?まじで?と思いながら、本当に形になったものを見て「そうだよなあ、そういう人だよなあ」と、それは「だから好きになったんだよなあ」の気持ちをこめて、思う。
「みくのしん_水」と名付けられたその本は水没の時系列の流れのほか、その後の生活が綴られている。かまみくで聴いていた話もあったし、初めて聴く話もあった。でも、いずれにせよ、みくのしんさんはあの大きな声で怒ったり悲しんだり笑ったり、誰かと出会ったり、ご飯を食べていたのだ、と思う。
詳しい本の感想は、また別で書く。書くけども。
あの頃、「もう無理だよ」と鬱々としようとしてもつけっぱなしのテレビが再生するYouTubeから、みくのしんさんの大きな声が聞こえて、それに負けじと怒鳴り返したり爆笑するかまどさんの声が聞こえて、落ち込み続けたり出来なかった。
noteの購読をしたいし、仕事を続けるか、と安易に思って、毎朝仕事前に更新されたnoteを読むのが習慣になった。そうしたら、仕事前に絶対に飲んでいたエナドリを手放していた。
日記を、自分も書きたいと思った。みくのしんさんの書く食事や生活が好きで、自分の生活の中で「楽しかった」を探すくせがついた。
結局、落ち込んだりなんなんだよ、と思ったことを書いてしまうけど、それでも、塞ぎ込むことは格段に減った。
記事を読んだ。色んな人と関わる姿に憧れて、最近は新しい友達が増えることを素直に嬉しいと言えるようになった。もっと、仲良くしたいと思うし、うまくいかないことの方がまだまだ多くて自分にうんざりするけど、諦めないのだ、とは思えている。
いつだか、尻尾を丸めて山奥に帰りたいと思っていた自分はだいぶ、人間に近くなれた気がする。
去年、ティアの帰りに会ったおじに「本当は元気なかった?」と後日聞かれた。今日も会って「元気そうでよかった」とおじもおばも笑う。
明日の仕事はだるいなーとは思うけど、楽しみだとも思う。今日買っただるまを連れて行こうか、なんて考えてる。
本当に、続け続けてよかったし、これからも、続けていく。生活を。
