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言葉の種まく

今日は思ったよりも色んなことがうまくいった気がする。「なんだかいいぞ」と思うことが多かった。これはなかなかに、かなり、嬉しい。

 

 

例えば、朝からお弁当を作ってて楽しかったし
朝ドラのテンポが最高で嬉しくなったし
友達とのLINEに大はしゃぎもした。
仕事で「これやってみたらどうだろう」って思い付いてワクワクしたのも嬉しかったし
ちゃんと言葉に出して「嫌いな人たちの良いところが見えたのは嬉しい」と言えた。
買い物も忘れずに出来て、と打ちながらそういやミンティアを買いそびれたのに気付いたけど、まあ、それでもおおよそに満足だ。
料理も出来たし軽く運動もしたな。ずっとやだなって思っていた家計簿もちょっとだけやって、それからドラマも1話観れたな。ああ、うん、良い日だ。

 


嫌いな人たちのいいところを言葉にできたことが、嬉しかった。

度々口にしている職場の嫌いな人たちのこと。今ももちろん(もちろんすなだけど)ちゃんと嫌いだ。
だけど、ここ最近「でも彼らってこんな良いところがあるんだなー」と思った。スタンスも違うしやられてきた嫌なことを忘れるつもりも許すつもりもないけど。
で、ずっとその話を誰かにしたかったので、上司にした。

   

 


「会社から嫌いな人が減るのは、嬉しい。好きになるつもりは流石にないというかそこまでやるとそれはそれで私が潰れるからしたくないけど。でも、嫌いって憎まなくて良いのは、私にとって何より嬉しいことっすよね」

みたいな、話をしていた。

 


ずるいよなーとも思う。一緒に怒ってくれた人たちを裏切ってるみたいだなーとも思う。でもやっぱり、こうして「憎む」からフラット寄りになれたことはかなり身体にいい気配がする。

 

 

殴る言葉、というものがある。ある気がする。
「そんなこと言うなら、こっちも言いたいことがあるけどな」
それは、自分に向いてなくても時々起こる。
この辺は本当は相手が余裕がないんじゃなくて(相手も余裕ないんだなあとも思うけど)かなり、自分に余裕がないんだと思う。

 

 

自分に向いちゃいなくても「ひどいことを言っていい」にスイッチングされるのは、結構、かなり、きつい。
いい人であろうとさえして、結果的に「やなやつ」だったとていいじゃないか、とも思う。思うけど、殴るべきは、なるべく減らして、あと、できたら「いいね」って言葉をなるべく使いたいんだ。

 


これが好きとかありがとうとか、そういうことを言ってたらなんか、殴る言葉みたいに「そういう話がしたい」にならないかね。

そうしたいよな。すぐには無理でもそれが当たり前になるやり方をまだ真剣に探しているよ。

 

 

 



2026年1月の文学フリマ京都に申し込みました!無事に日記が1年続けられそうなので記念に日記本を出す予定です。
自分である程度各月1本ずつくらいの日記を選んで振り返ったり補足したりしようかなーと思ってますが、もし「これ良かったぜ」というのがあれば教えてください。参考にします。
(タイトルだと助かりますが、数が多いので「こんな感じのやつ」とかでも大丈夫です!)
何より、私がニヤニヤします。




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