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効能

休日出勤をしながら、外がどんどん暗くなるのを見ていた。「まだ寝てたいよ」と思った朝は休日出勤を決めた自分を恨んだりしたけど、でもそもそも、休日出勤は静かで嬉しい。業務もさくさく片付いていく。
やりようによっては明日以降が一杯一杯になるから気を付ける必要があるけど、それでも「悪くない」なあと思う。しかもちょっと早く帰れるし。

 

 

 

そうしてジムに行ってなんならちょっと散歩もして。必要だと思ったものも買った。昨日作ったハンバーグを少し多めにしたおかげで、今日はちょっとアレンジするだけで済む。副菜に気になってた料理を作っちゃうか、と考えたり、ドーナツ食べたいからお酒はさすがにノンアルかなあとか考えながら、変える。

 

 

仕事中に浮かんだ悲しいことはぎゅむぎゅむに押し殺せそうな感じだった。ジムでの運動は丁寧に。筋トレもちゃんとやらなきゃなんだなあと思いつつ、前回はうまくいかなかった腹筋にチャレンジしたりもした。よし、よしよしよし。お気に入りのラジオを聴きつつ、これが聴き終わるまではウォーキングをしようと決めて、自宅に帰り着いた。

 

 


ら、姉からスニーカーの贈り物があった。ショックだったのは「それにショックを受けたこと」だった。


姉との買い物で、良い買い物は出来たんだけど、でもずっと「どうしよう」と考えていて、そのことにずんずんに落ち込んだばかりで、「ああほらまた」と思う。
靴を買い替えないといけないという話をぼそぼそと話していつまでもどこまでも「ダメな自分」に甘んじている自分への自己嫌悪でオエオエしたばかりだったので、そんななか「ちゃんとしてる姉」からの「出来ないこと」への助け舟は、それだけ「お前は出来ていない」の提示なような気がしてしまう。

 

 

 

んなわけあるかい。
姉は単に「そんなに靴買うのが苦手なら買っておいてやろう」くらいでしかないだろうし。
確かに「あれ、じゃあ昨日買わなくてよくなかった?」はそれはそうかもだけど、靴って一足じゃない方が良いらしいし。
何より誰かが「喜ぶといいな」と買ってくれたもので、本意ではない「どうしよう」は本当に、そういうところが「お前がお前の世界にひとりぼっち」のそれだからな、と考え込む。

 

 

 

姉のことは、嫌いじゃない。むしろ好きだとも思う。だけど、どうやったらうまくやっていけるかわからない。そんなんばっかだな。家族も友達も職場の人も。自己嫌悪ばっかりで、自己嫌悪という世界で一番優しい言葉の中で蹲ってる。ダセー。

 


分かってるんだけど。


分かってるだけど、いやでも、分かってない可能性、あるな。まじで、当たり前にわからない「相手が思ってること」を想像しきれなくてパニックになる。


それは当たり前なので、と思える距離なら良い。近くない、親しくない、詳しくない相手なら「分からなくても、分かってもらえなくても良い」。

いいと思えるようになったというか、なる努力をしてる。でも大事にしたい相手の「わからない」の取り扱いはまだ練習中なので、じゃあちょっと距離をくれ、と思ってしまう。
例えばそこになんらかの病状や特性を見ることも出来るとも思う。簡単に、気軽に、無遠慮に世間にある色んな知識や憶測で自分の厄介さをラベリングしてそれっぽく「向き合い方」を定義付けも出来る。いやでもそうじゃなくて、そうなんだけど、そうじゃなくてだな。

 

 


などなど考えていたらぐったり疲れた。し、友達から色々と声をかけられて「あ、これ『落ち込む』の方向に自分を持っていこうとしてんな」と気付けた。ありがとう、友達たち。

 

そういうのやめるんじゃなかったのかい。推しに影響されて人に関わるんじゃなかったのかい。そんな風に宥めて友達の手を借りつつ、家事をする。
そうだ、一旦落ち着こう。自分がいきたい方向に舵を切るんだよ、ちょうど今日そういうことを考えてたところだっただろ、と思い直す。

 

 


ひとまず

 

・靴を貰えて嬉しい(しかも、履いてみたらめちゃくちゃ「歩きたい」と思える靴だった。嬉しい)
・美味しいご飯を作りたいし食べたい
・観るぞ、と決めていたドラマを見る

 


の3つに脳みそを集中させた。それ以外のことを考える余白は、何万回と聴いているラジオで黙らせる。
ご飯を作る。気になっていた副菜を作るために野菜を刻む。たぶんこうしたら美味しくなる、のアレンジを加えながらひたすら「食べたい」を作っていく。と、だんだんと気持ちが落ち着いていく。
最近、ずっとこうだな。

 

 

それから、ここ最近お気に入りの「ぼくたちん家」を観た。


昨日放送分を録画していたのだ。焼酎をソーダで割って、楽しみにしていた料理は全部美味しい。ちょっとだけお惣菜を買ったけどそれより何より自分が作ったものが、一番美味しい。

 

 

4話は、たまらなく大好きな回だった。
ゲイの主人公玄一の元にやってきた訳ありの3000万を持つ女の子ほたる。ほたるの担任であり、玄一の片思いの相手である索。

 


4話は、そんなほたるが実のお父さんから誘拐されてしまう話だった。このお父さん、決して良いお父さんではないどころか、1話からずっと嫌なやつなんだけど、なのに、いやむしろなんならだからこそ、私は4話、お父さんにボロボロに泣かされた。分かるよ、とだからだよ、がどんどん浮かんで、なんだかそれが、さっきまでの自分のダメさと重なって、「だからだよ」が画面向こうとお父さんと自分に向いた。

 


だからだよ。なんでダメなんだよ、普通になれないんだよって、本当は、自分が一番分かってるんでしょ。

 

 

ドラマの中、玄一が言った台詞を、ずっと思い出してる。本当かよ、とそうだったら良いなあ、がある。

 

 

 

伝わらない。ちゃんと話さないと、と思うけど、でも、ここ数年、話せば話すほど、傷付けて自分も傷付いてこそすれ、伝わったことがない。

 


嬉しいや、楽しいはまだ伝えられる。だけど、「こう思ってる」という言葉が、本当に伝えられない。一端に「言葉を使うのが好きだ」なんて嘯きながら、うまく表現できないことばっかりじゃん、と思う。


嬉しいや楽しい、好きは、前向きな言葉だから「受け取ろう」としてくれる優しさで、届いてるだけなのだ。
もちろん、そういう言葉を伝えるのだって大事だけど、「伝わらない」と放棄したそれ以外の言葉にだって、大事なものはなかったか。

 


エンタメは「伝える」の前提があるから好きなのかもしれない。
伝えると思えることはすごい。伝えることを諦めないことは、本当にすごい。
そういうものに触れていたらいつか、自分も諦めなくなるんじゃないか。そんな身勝手なことを思っている。でも、良いじゃんか。思って、ちょっとずつ出来ることをやっていったら、出来るかもしれないでしょ。

 

 

俺も出来ないこといっぱいあって
そもそも出来なかったこととか、人より多い気がしてるから
だから、出来ることを毎日やるしかないんですよ
そしたらなんか良い感じ?になるので

 


なんというか、生きてても、良い感じ?

 

 


なるかな〜〜〜玄一〜〜〜〜〜〜〜なりたいよ…!!!!!

 

ぼくたちん家
#TVer

今ならまだ…日曜日までならまだ……一気見出来ます…!!!

 

 

 


2026年1月の文学フリマ京都に申し込みました!無事に日記が1年続けられそうなので記念に日記本を出す予定です。
自分である程度各月1本ずつくらいの日記を選んで振り返ったり補足したりしようかなーと思ってますが、もし「これ良かったぜ」というのがあれば教えてください。参考にします。
(タイトルだと助かりますが、数が多いので「こんな感じのやつ」とかでも大丈夫です!)
何より、私がニヤニヤします。 




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