態度が悪い、を目の当たりにするとびっくりする。し、なんなら「怖い」と思ってしまう。
健康診断の血液検査で引っかかってしまった。今まではあんまり気にしなかったけど生活習慣は良くないし、こまめなメンテナンスは必要なので、じゃあ再検査にいこうか、と思った。
無視して重大な疾患に繋がった時に誰かが後悔するのは嫌なので。
それで、わざわざ休みの日に行ける病院を探して予約をした。なんだかな、と思ってるらしいことは、のろのろした自分の動きに感じていたけど、それはそれとして「病院に行くのだ」と初めましての病院でなんとか、居住まいを正していた。
そんな時だった。
「インフルエンザのワクチン接種にきたんですけど」
「予約?そんなんしてないです?」
「ホームページに書いてました?予約がいるなんか、知らないんですけど。どこに書いてるんですか?」
シンプルに耳障りな声がして心臓が冷える。あ、こういうの自分嫌なんだ、と手がひんやりして思う。
正直私も予約して来ているので、ワクチン接種に予約がいるのは観ていた。思わず、その画面を検索し直して見せてやろうか、と思う声だった。
怒鳴ってるわけじゃないけど、嫌な声だなあ、と思う。
なんで、そんな言い方を出来るんだよ。
仕事で「っていう思考回路なんだろうなあ」って人と喋ることが結構あってそのたびに脳のキャッシュ的なものがすごい勢いで埋まっていくんだけど「仕事だから」でそれに対しての「いやだ」を理性で黙らせている。
ただ、今日はプライベートなわけで、最悪「うるせえ黙れ」と叫んでも私が頭がおかしい人間になるだけである。やりようによっては軽犯罪に問われる可能性はあるけど、それでも、いや、なんならそれすら「どうでもいい」と思えば、やれてしまう。
思えば、仕事でこれを「黙らせる」必要が発生してしまうのは自分の精神が幼いせいだ。さすがにその自覚はある。いちいちそれにリアクションし、傷ついたり怒ったりするのは、たぶん、それこそ、頭がおかしい。おかしい自覚があるので、私はそういう時脳内で言語化して黙ってもらう、自分の頭に。
ここまでこうしてだらだらと書いてるのも今まさしくその「言語化で黙らせる」をしているからだ。
仕事という理性だとか背負ってるもの(会社とかサービスとか、仕事による収入やら安定やら)で押し留めているものをプライベートだとプラスアルファ、別で用意しないといけない。
じゃああなたが威圧した受付の女性にやった同じことを私もして良いのか。なんならあなたが「なかった」という表記を私も見たと声高に主張していいのか。そもそもそれでも「温情」でサービスを受けられるようになったことをお礼すら言わずにだらだらと文句を言い続けるその品の無さはどこからくるのか。
なーーーんてことを、言えばたぶん、問題になる。
誰かの助けになるどころか、頭がおかしいやつがこの空間で更にひとり増えるだけである。
ただ、こうして「怒れば」「高圧的に言えば」はたから見たらおかしなロジックや社会的に「どうかと思う」ことも通せると思ってる人がいるのだ、ということにこんなに傷付くのは実際良くないんだろうな。
傷付くし、怒りが湧く。許せないと思う。だけど、その怒りをぶつけることは同じ穴の狢的な良くないことなのだ。
あーつらい。つらい。でも、それを自覚できてよかったしその自分の「居た堪れなさ」を誰かにぶつけるような弱さじゃなくてよかった。
良かったのだ、と言い聞かせる。そうして、グッとお腹に力を入れる。
そっから静々と、聞いてられなくてラジオを聴いてグッと堪えて血液検査もした。一旦は大丈夫らしい。そっか、じゃあよかった。
だけど、それよりなにより、怒らずに済んだ自分はこっから良い日になりやしないかと出た外が秋晴れで、ならいっか、と思う。
こうして「ならいっか」と思えるのは、恵まれていると知っている。
2026年1月の文学フリマ京都に申し込みました!無事に日記が1年続けられそうなので記念に日記本を出す予定です。
自分である程度各月1本ずつくらいの日記を選んで振り返ったり補足したりしようかなーと思ってますが、もし「これ良かったぜ」というのがあれば教えてください。参考にします。
(タイトルだと助かりますが、数が多いので「こんな感じのやつ」とかでも大丈夫です!)
何より、私がニヤニヤします。