「急遽飲める」は嬉しい。
もともとは、ひとりだなあと思って値引きされたお惣菜と、じゃあ、ノンアルかなあとかそういう段取りを考えていた。せめても、気になった料理でも作るか。でも、数分かけて作った料理がすごい速度で消費されるんだよなあ。かなしい。我が家にきたばかりのぬいぐるみと一緒に楽しめば、あるいは、観ていない動画をぼんやり観れば。ならドラマか?でもなあ、ドラマ、最近やっぱり、結構観れないんだよなあ。
なーんて思ってたら「飲めます?」と誘ってもらって嬉しくて超高速Uターンで、お酒を飲んできた。まじのまじで超高速Uターンだったけど、ほんとに、こんな良い夜になるなんてね、と浮かれている。
なんとなくで入ったお店も美味しかったし、なんて嬉しいんだろう。
誘ってもらえるって、すごい。
バカみたいに、というにはライトにだけどそれでもそこそこ身動き取りづらく働いてるから「飲みにいく」って貴重だ。しかも、誘ってもらえること。だって、「合わせにくい」自覚はあるし。
そうして飲んでちょびちょび話して、ああ、人と話したかったんだなあと思う。
昨日もなんならお酒を飲んでいたけど、それはそれとして味もしないし酔えやしないと思いつつお酒を飲んでいた。
それがどうだ。今日はそんなにたくさん飲んだわけじゃないけど程よく足に酔いの気配を感じる。
この1ヶ月どうだかなあと考えていたことをぽろぽろと話して、相手の話も聞きたいことを聴けたりなんかして、そういうことってあるんだなあとぐーぱーと確認してる。すげ。
自分のことを客観的に見た時に「付き合い甲斐のなさ」を考えた1ヶ月だった。天に吐いた唾は当たり前に自分に返ってくるし、そりゃあまあ、驕りは良くない…別段何持ってないくせに他人の欠点を挙げ連ねるのはそりゃ、品は良くないよな。
でもその中で人と関われることは、結構奇跡なわけで。ついでにいえば、誰かが「飲みに行きませんか」と声をかけてくれるってすごいのだ。
誰かを誘うことでかかる労力は、流石に、こうして生きていたら知っている。
人間同士として喋ってテンプレートや「こんな感じ」で話さなくて済むことは、心のなかをたぷたぷにする。何かを消耗したりもしない。
そうか、人と喋りたかったのか。喋りたかったよ。
そういうことを確認しながら帰る夜は、寂しくない。喋って嬉しいと思いながら「喋りたかったんだな」と思う夜は、はしゃぎたいくらいに嬉しいのだ。
2026年1月の文学フリマ京都に申し込みました!無事に日記が1年続けられそうなので記念に日記本を出す予定です。
自分である程度各月1本ずつくらいの日記を選んで振り返ったり補足したりしようかなーと思ってますが、もし「これ良かったぜ」というのがあれば教えてください。参考にします。
(タイトルだと助かりますが、数が多いので「こんな感じのやつ」とかでも大丈夫です!)
何より、私がニヤニヤします