たまにある街中でドリンクを配ってるやつが欲しくて手を出したらもらえなくて、でも手が引っ込められずに「あっ」ってもたもたしてる時。あの時の恥ずかしさったらない。
なんとなく、自分の置きどころに困ったまま9月は過ごしていた気がする。仕事も大変だったし、その他諸々、全部にジタバタしていたし、もっとなんとかしないと!と思っていた。
私には時々、そういう時がある。とんでもなく暴力的な気持ち、とでも言おうか。なのにどこか静かで、静かすぎて怖くなる。
たまらなく幸せで満ち足りているのに、無性にお腹が空くような「誰か!」と叫びたくなるような蹲って身動きが取れないような。
そういう時は世界との距離感が分からなくなってる時で、とどのつまりは「他人とどう関わっていいか分からない」なんだと思う。
誰かと会いたいし、誰にも会いたくない。誰にも知られていない場所でじっと隠れていたいような、ともかく気心の知れた相手と会って洗いざらい喋ってしまいたいような気持ちになる。
たぶんそれだったな、と散歩に出て気付いた。
そもそも寝坊して、いや、むしろ「寝坊するぞ」と決めてしっかりと眠り、そうして起きても身体も頭も全然動かなくて察した。久しぶりに「ラジオが聞けない」になっててこれはまずいぞ、と思う。
それでも一つずつこなしながら、大丈夫だぞ、と声をかける。今日は、今週末は、たくさん散歩をする予定だ。大丈夫だぞ。
それから、ひたすら歩いて買い物の予定を淡々と過ごす。思いがけない買い物と、やりたかった買い物ができて、素直に嬉しい。セロリ買えたぞ、やった!
散歩をする。歩いて歩いて、そうしてたらラジオが聴ける気がしてもう何回も聴いた回だけど、大事にしているラジオを聞く。外を歩いていて、気持ちがいい。涼しい風が吹いていて、ホットコーヒーを飲んでも、嫌な感じがしない。なんて嬉しいんだ。
夜は、ソラちゃんとラジオを録った。録る前、アイドリングで話をする。
ふと、今までコンテンツで話をしながら無理やりしてしまっていた話を、私はこの「雑談ラジオ」でやりたいのかもしれない、と思いながら喋っていた。どうかなー聞き返してもそう思いますように。
何より、なんというか、私は本当に人生を面白がりたいんだな、と思う。必死のパッチの抵抗だよ、文を書くのも、ラジオをやるのも、エンタメを楽しむのも、なんなら散歩も。
蹲って叫んでしまいたいような感覚を、ただの雑音で終わらないように抱えて抱えて、磨いて、そうやって生きていきたい。ダサいと言われるならそれでもいい。それでもいいから、そうしたいんだ。