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人体模型

今日も今日とて疲れて、お腹が減ってないのに参鶏湯を食べてビールを飲み、ぼんやりしながら「思ったよりも疲れてたのか?」と気付いた。
もう無理だよ疲れたよ、とはずっと騒いでいたけど、こういう深度のものだとは思わなかった。なるほど。とりあえず胃に負荷をかけるのやり方が穏やかになったことを褒めよう。やったことは仕方ないし。

 

 

 

ずっと楽しみにしていた元ジョウシと、その同僚の方との飲みだった。いつもみたいな言葉の選び方はせず、それでも「ライトに楽しむ」の心地よさを味わったりした。あと、ああ、私、元ジョウシと仲良くなったんだなあ〜と思う。この安心は、仲良しのそれである。

 

 


そうして、帰り道ぽつぽつと2人話した。いつもと、話す時のギアの入れ方が違うこと。
気合いを入れたのは今日で、頭を使ったのはいつもだ。

 

 

 

そんな中、こないだふと思ったんだけど、と元ジョウシが言った。


「つくさんの特性の一つだと思うんだけど」


曰く、私は自分の内臓を人に見せるらしい。
それはもうかなり特殊な露出狂すぎるけど、なんとなく、どっか、そう言わんとする気持ちはわかる。
何でもかんでも言語化したがる癖も結局そういうとこに繋がってる気がする。
さらにいえば、好きなものたちの影響で取り繕うことよりもありのままでいることに魅力を感じてしまうし、なるほど、それは「内臓を見せる」と言えるかもしれない。本当の自分というには苦味が強い。臭くて見れないという意見もある一方で、ここまで見せてくれるのかという声に甘えてるのは、絶対、絶対、絶対ある。
うーん。

 

 

ただ、たぶん、元ジョウシはそれを面白いと思いながら話を聞いてくれていたし、だからこうしてつるんでいるのだ、とも思う。うーん。

 


自分を剥き出しで曝け出したいのだ、というとほんの少しズレる、それもある。あるんだけど、そうじゃなくて。それだけじゃなくて。
たとえば、その内臓ずるむけ状態を取り繕うのは途方もない労力を使うのだ。それでも、そんなみっもない、グロテスクなものを見せるなと言われればそれまでだけど。
それでも、やっぱりさ。

 

 


へー中はこうなってるんだ、と目を輝かしてくれる特異なひとも、たまにはいる。そんなひととだけやっていけばいいのに。

 

 


そうもいかないからほとほと、疲れ切ってなんだよ、と思ってる。ダメになりたかったのだ、と思う。
常日頃頑張って栄養だのカロリーだのを考えて過ごしてきて、こんな日にというタイミングでバカみたいな過ごし方をするのだ。
でもまあ、別にいいか。曝け出して取り繕えずに内臓をばら撒いて生きるのか。
そんなもんかもしれない。




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