そういや、たまに「親に敬語って使うべきなんかな」と思うことがある。
当たり前に今までずっとタメ口を使っていたけど、ふとLINEしていて「あれ、なんでこんな目上のひとにタメ口を?」と思って、「いや敬語使ったことほぼないだろ」と思い直す。
友だち親子なんてものではないけど、一緒に父も母も趣味も楽しむ間柄なので、当たり前にタメ口で過ごしてきた。
それがなんだか急に気になったのは社会通念、的なものなのか。いやでも社会通念でも別にタメ口か。なんか「目上のひと」って存在の接し方、わからなくなるよね。
そういえばいつからか、なんとなく居心地が悪くて両親にもおじおばにもお中元を送るように心がけるようになった。年末年始で実家に帰ればなんとなく心地が悪くて滞在費をおいていく。
親ってなんだろうなあ。
もはや庇護下にはいないし、となるとなんなら恩返し的なものをやるべきか、と思うし、かと言って孫の顔的な恩返しは出来ないので、なら、とやってはいるけどそれも浅はかだよなあ。
そしてなら介護を頑張れるか、と思うと自信もない。なんなら、外注できるようにちゃんと稼ぐぞ、と思ってる。良くない、良くないな。
一から十まで間違えてそうだ。恩返しの捉え方も、お金さえ出してたらいい、みたいな思想も。
自分が、人付き合い全般が苦手だと最近は24時間思ってる気がする。なんなら寝ている時すら思う。夢の中で「ああ自分は本当に人とうまく付き合えない」と思う。
励まして欲しかったんだよ、と言われて「そんなん知らんやん」と思う。いや嘘である。たぶんそうだろうとは思っていた。むしろ、思っていたから腹が立ったのだ。
他人に感情を預ける行為が苦手だ。するのも、たぶんされるのも。預けたい、と自覚的で「預けさせてくれ!」と言われたらおうおうどんとこい、と思えるかもしれない。でも「解決策を求めてますよ」とか「話し合いたいんですよ」という顔をして感情を預けられると「それは違うだろ」と思う。
思いながら「こんな奴とは付き合いたくねえー」とシンプルに思う。ただ励ましてほしい、共感してほしいくらい寄り添ったらいいのに。
寄り添うべきなんだよな、本当は。
寄り添う、がなんでこんなに下手なんだろうか。でもそもそもこういう時に「なんで自分は」と自分に焦点を当ててるうちはやっぱりどうしようもない気がする。
自分が自分を持て余しているな。