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母のピアス

疲れちゃったよな。なんかもう。本当は全部。
本当はずっと疲れてたよな。
難しいよ、疲れてる時ってもう何も頑張れないけど、頑張れないって、あんまり言うべきじゃないんだよ。

 

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なんだか、今日はいーってしていて、それでも、と思いながらいっこいっこ、丁寧に頑張ってた、いや、どうでしょう、丁寧だったんですかね。

 

後輩たちの話を聞きながら、じゃあどうすると考えて自分の無視してた諸々を考えたりもしていた。どこからどこまでが自分の領域なんだろう。一体。

 

ところで。
母がピアスを開けたのは、大学か、それか、もしかしたら社会人になってからだったと思う。
その時に「そりゃひとりの人間だもんな」と思ったりもした。
そこそこお堅く育って生きていたけど、そりゃ、例えばそうやって「お堅く育てた」親だって、ピアスくらい開けるか。
何故母は、あの時、ピアスを開けたんだろう。
母は、自分の母だということが驚くほど、あっけらかんとしているので、もしかしたらなんの意味もないかもしれない。
ないかもしれないけど、なんか、勝手にあの時母がピアス開けたのは良かったなあと思うのだ。

 

私はなんだかんだ、適当で自由で「自分の人生」を歩かせてもらったんだろうな、と気づく。
結構自由だった。好き勝手だったし、色んなことを試させてもらっていた。
その中で、でも「自由な私の人生」だけじゃなくて、好きな母は、母の人生があったんだろうな、とあのピアスに思うのだ。

 

私は今のところ、親になる予定はないけど、それでも、もし万が一親になるとて、ピアスは開けたい。これは精神的に、って話だ。
不意打ちでそうして健やかに笑える母でいたい。
そうして、そういう風に過ごしてくれた母にありがとう、と思うのだ。




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