新卒の時に忘れられない景色はいくつかあれど、ひとり怒りで身体をぱつぱつにしながら乗った阪急電車の座席と、あともう一つある。
倒れるか倒れないのかの瀬戸際で参加した表彰式だ。
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その時も今も営業みたいなことをしているから容赦なく順位はつく。当時は特に辞めるかやめないか、どころか、倒れるか倒れないかの二択を毎日考えてたから、表彰なんて遠い国の話だったけどとはいえ、メンバー的な存在はいて、その人たちの顔を見ながら、ぼんやり、ごめん、と思ったのを覚えてる。自分じゃなければ、可能性は全然変わっただろうか。
それから今はもっとしっかり営業然として働いている。いまだにもがいているけど、あの頃よりかは多少器用にもなったし、営業が得意らしいという自信もついたりした。
それでも、やっぱり、たまに考える。
トップ、とか、チームの順位、とか。
いや、調子が良ければ別だけど、でも少なくとも私はそこの勝ちに執着できない。することをなんか、ダセェなというか、勝ちたいけど、勝つために仕事をするのも絶対に違うだろうと思う。
ただふと今日あの表彰式を思い出した。
あの時、勝たせてあげられないのか、と後悔した。
ダセェな、は自分が頑張れないことの言い訳じゃないのか。
手を抜くことの正当化じゃないのか。
でも、たぶん、私は「順位」に固執すると調子を崩すらしいとこの半年でわかった。私は自分のために仕事をするには弱すぎる。
誰かに理由をつけてほしい、と思ってしまう。でもなあ、じゃあ、誰かのために頑張って勝たせるくらい言えないもんかね。でも、やっぱり「勝つ」ために、は気持ち悪いし、不躾だろ、と思うのだ。
結局どんな自分でいたいか、を澱ませないように、見落とさないようにやっていくしかないのだ、といつも思い至って「途方もねえ〜」と泣き言を言いたくなる。仕事だけじゃない。対人関係も文を書くことも、そんなことばっかりだ、私は。