楽しいや、面白いがどうか勝ってくれ。勝ってくれないか、無理なのか。本当にそうなのか。
そんなことをぼんやり考えている。考えている、と思えるのは「だって勝つもん」と子どもじみて思えるからだし、とはいえ「子どもじみている」と理解している。
それでも信じられる、と思うMPをもってして、見ようと思っていた戦争についての特番を見た。
まだ、考えている。
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文学フリマ大阪にて頒布の本、現在通販中です。基本的には翌日、もしくは翌々日には発送します(匿名配送)
手前味噌ですが、今書きたいものは「エンタメに生かされている」で書けた気がして、それがすごく、嬉しいです。よろしければぜひ!
あと!!!!!新刊の!!!!!!!感想!!!!!!!もらえたらあなたの想像の500倍喜びます!
文学フリマ大阪が終わったのでひたすら寝ようと決めていたけどアドレナリンで寝れず、やっと寝ついても悪夢を見たり興奮したりで寝れなかった。
次はいつ出よう、とか、こんなこともやりたい、あんなこともやりたい、とやりたいことが広がっていく。これをなるべく、純度高く持っていたいけどそんなことは可能だろうか、可能だといいなと唸ったりジタバタしたりしていたら午前中が溶けていた。
指先が少しも動かせないと思いながら、でも嫌な感じはもちろんなかった。
どう考えても、幸せすぎる。
ただ、文が書きたいだけなんだ、私は。昨日何度も、文学フリマ大阪で口にした。
「私は生きるのが下手で」「生活が下手で」
それは、新刊の『エンタメに生かされている』を説明するには手っ取り早いのでそうしていたけど、でも、それでも、とはいえ、幸せ過ぎることは誤魔化せない気がする。
下手だ、人との関わりも生活も。
誰とも仲良くなれないのでは、とはしょっちゅう絶望するし「お前といると疲れる」「ズレてる」と言われたのは一人や二人ではないし、それだけじゃなくて実際人に迷惑をかけてもきたから、なんだかね、と思ってきた。被害者だ、悲しい、と言うにはいつも私は暴力的だ。
だけど、それでも、と文を書いて、「自分のためでいいのだ」と好きな人たちに教えられてやってきたことが、誰かにコツン、と当たった感覚がある。
この日記だってそうだ。
最初はみくのしんさんの毎日更新される日記に「すごいな」と思ったから日記を書くことにした。結果、最近すっかり色んなことの感想を書けてないのはどうなの、って思うけど、でもやっぱり、楽しい。日記ってこんなに楽しいんだな、といつも思う。何より、そうして繋がったひとが「本を手に取れたら」と文学フリマに足を運んでくださったらしい。
残念ながら、早く撤収してしまってせいで会えなかった、会えなかったけど、私は、すごく勇気をもらった。勝手に、すごくその人の文も私は「嬉しい」だったので。
『エンタメに生かされている』を書いて、こんなに恵まれてるのに、友だちでも家族でも、パートナーでもなく「エンタメに」とすることの矛盾をずっと考えてきた。だけど、昨日と今日で深く深く、分かった。
どっちもまず前提いる。必要。いるんだけど、でもやっぱり「直接関わったわけじゃないけど」好きだと思う、楽しいと思う、面白いとか、笑ってて欲しいなとか今日がいい日だと思う、それが嬉しいんだ。
そういうのがたくさんあれば、これまでの毎日の中で「許せない」と思った、これからも思うであろう色んなことに負けない気がしている。
日本の、海外のラッパーの言葉を考えている。伝わるのか、とも思うし、伝わらない現実も知っている。それでもだ。小さな「届く」がここにあるなら、信じさせてよ。