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時には昔話を

平日が始まってしまえばそんなもんで「だってさ」と思っていた。心が冷ややかになっていってどうしたもんかなあと思うし「どうしようもない」と思う。
程度が低い、と思うべきではないことが過りそうになると冷静に「そういうところにしかいれない自分を棚に上げるな」という声がする。それはそう。

 

 

 

私は努力をしなかったし、勉強をしなかった。対人関係も得意ではないし、がむしゃらさもない。まあ、つまりは、そういうことなんだよな。

 

 

 

なんてことを考えているとどんどんと落ち込むので「なんか楽しいことをしよう」と思う。楽しいことが枯渇しているので、さらに楽しいことの予定を詰め込もう。そうしたら自ずと「仕事を頑張るしかない」になるはずだ。

 

 


ところで、そういう「楽しいこと」を頑張って考えなくても実はするりとわくわくそわそわできる。
「本を読めない33歳が国語の教科書を読む」がいよいよ今週、発売だからだ。
うれしい。いよいよだ。本当に?!と心を躍らせてから、なんだかんだ、あっという間だったかも。今はひたすら「本が出るんだから」と言い聞かせている。
去年は、そんなことを予想もしてなかった。

 

 

 

 

 


1巻である「本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む」を買った時には、まだ「作者名……え、っと、かまどとみくのしん、らしい、です」と辿々しくネットで検索したページを読み上げていた。
メロスはじめ、読書記事こそアップされるたびにすぐに読んでいたけれど、まだ当時はオモコロについても「なんか面白い記事がたくさんあるらしい場所」程度の記憶で、読むたびに名前を確認するのにかまどさん、みくのしんさんのことを知らないまま過ごしていた。ましてや、ラジオをやっているなんて、想像もしていない。


それでも、本が出るらしいことは私のもとまで届いていて、本なあ、買うかあ?と迷っていたのだ。
だけどあの、去年も落ち込んで、だんだんと「もう無理かも」になりかけていた通勤路。せっかくだしと読んでみた本が出ます!の記事に朝から道の真ん中、ぽろぽろ泣いた日。
気が付けばフラゲ日に願いを託して本屋に走って、ないことに心底がっかりした時。翌日、はやる足で本屋に向かいながらもし買えなかったらいやだからと会社を出た瞬間在庫の確認で電話をした。あの時のバクバクとした心臓を私は今も覚えている。

 

 


それから夜にドキドキしながら本を開き、予測もしなかったくらい号泣しながら、本を読んだ。読めてよかったと思った。見たこともない読書体験と、信じたいようなあたたかさ。おかしさ。そういうものが嬉しくて、たまたま翌日がラジオごっこだったので、冒頭10分でその面白さを熱弁したりもした。

 

 


あれよあれよと気が付けば本を色んな人に勧め、その中で「かまみく」というラジオを教えてもらい。
秋や冬の耐えられないような苦しい出来事を乗り越えるための逃避場になってもらったりもした。ティアにも行って、みくのしんさんが「実在する」とびっくりして、絶対に自分も続け続けるんだ、と決めたりもした。
最近も落ち込んでいた中でかまみくでかまどさんが話した言葉が嬉しくて、ことあるごとに聞き返してはそうだよな、そうだよな、と自分の心を確認している。

 

 

 

そんなこれまでをしみじみ思い出したのは、今回の新刊に向けた記事で雨穴さんがまたお祝いに来ていたからだ。思えば雨穴さんにこんなに親近感を覚える日が来るなんてね。
嬉しいと思う。あの頃は知らなかったこともたくさん見聞きして、本を楽しみに待つ気持ちが特別で、好きなものが増えたな、ということを実感してる。

 

 

 


不思議だ。たぶん、あの頃の自分は結構ずっとしんどかった。息苦しいと思っていた。
だけど今思い出すと本を読みたいと思った日のこと、買いに走った街中、読んだ時の興奮や、そこからどんどん世界が広がるワクワクを思い出す。
そうなったらいいな。今のこの感覚も。本を楽しみだ、という気持ちだけが残って。




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