もうなんか、今日は嬉しかったな。嬉しい予定がもともとある日で、だから、「うれしい」で終わる予定だったんだけど、にしたってだよ。
ところで、最近の私はダメである。
例えば、友だちと泊まりの予定で乗り換えの駅を間違えたり、ほんの少し電車のスケジュールを見間違えて謝りながら再度検索したり。
今日は「こう行けば目的のお店にいける!」と自信満々に行って、その目的地に目的のお店なんてなく、「何をどう見間違えたんだ?と頭を抱えたりした。
「ほんっとにごめん、買う予定のやつ買えるかな」と焦りながら「大丈夫大丈夫」と宥められたりした。
乗り換えを間違えた時も、スケジュールを間違えた時もそう。なんだかんだ、都度、その時一緒にいる友だちたちは自分の焦りとは全然違う温度感で「大丈夫」と笑ってもらえる。
怒られると思った。だって、台無しにしかねないミスだ。楽しいに水をさしてせっかくたてた「楽しい」が進むか分からなくしてしまったんだから。
でもそっかあ、と最近よく思う。
人ってそれで怒ったりしない。「楽しませる」じゃなくて「一緒に楽しむ」で良いのか。良いんだよな。
ケーキを買った、買い物をした。思ったお店じゃなかったから探すのに悪戦苦闘しながらこれでもいけるんじゃない?!と暑い中飲み物を飲んで「生き返る」なんて言いつつ料理をした。
みくのしんさんのカレーを作るのでネットでみくのしんさんがあげてる記事を読み比べて良い匂いがしてきたねえなんて言いつつ、作る。
作る、食べる、喋ってお茶を飲んで、喋って、しゃべって、喋る。
伝わらないこと、理解されないこと、変なやつだと眉を顰められること。
困ったような顔をされること。
本気で伝えたいと思って喋ったのに溶けるように消えてしまったこと。
そういうのが今日はないまま、同じじゃなくても話せることって、ある。
話して気付いた。私は怒っていたし、傷付いていた。いる。まだ納得いっていない。
でも、友だちはたぶん、それを否定しない。それに動揺もしない。だからただただ「かなしい」も「きずついた」もあるし、そのまま、「うれしい」もあったのかもしれなかった。
ひとりでいるとその辺、分からなくなる。でも他人とだけいてもひとりになっていくから、そこが難しいんだ。
難しいけど、良かったと思う。途方に暮れるよりもその方がいい。
