エアコンをつけ続けることに不安を感じた。もともとが貧乏性なので、エアコンは恐怖だ。
ただ、この間熱中症になりかけたので、医療費よりは安いと言い聞かせてエアコンをつけている。とはいえ、だ。エアコンはやべえだろ。
そんなわけで、朝イチモーニングを食べ(この辺りで結局ふらふらと遊び歩くとお金かかっちゃうじゃん、と気付いた)手帳に書き殴るように原稿を進めた。
パソコンで全然進まなかった手帳が手書きだと少し進む。
小説を書いてる時はずっと「誰が読むんだよ」と思っていたし、エッセイならともかく、と思っていた。
今度はエッセイだけど、やっぱり案の定、エッセイなんて誰が読むんだよ、と思ってる。
私はエッセイが好きだ。大好きだ、と言っても良い。だけど、そのエッセイたちは「何者」かのエッセイである。そして私は何者でもない。
そんな人間が尤もらしくエッセイなんて書いてどうする、と思う。思うのは、伝えたいことがないからだ。
最近、好きなことと接しながら思う。私は「ああこれが好き」を確認するために好きと接している。
映像も音楽も、お芝居も、本当は何一つ分かってない。文だってそう。
詳しくない。私は一生、評論が書けなくて、知識がない。教養だってない。やってらんねえな。
ただ、「ああ、これがあるのか」を知りたくて、ずっと触れている。
そういうことを「好きなんだ」と言いたくて文を書いてる。それをエッセイにしたい、と思ってる。でもそれって、誰が待ってるんだろう。
自分だろ、とチェーンのカフェで思って「そうだよな、じゃあいいか」と返して書く。そういう会話をしながらなら、確かにパソコンより、手書きになっちゃうよな。
そっから、昼からふらふらと散歩に出た。無性に散歩がしたかったので携帯にたくさんラジオを入れた。そうして歩いてると「日本酒飲みたいな」と思った。
確かに記憶の中には角打ちのお店の案内があるのに見つからない。このままだとやばいので諦めてチェーンの日本酒が強い酒屋に入る。高いチャージ料に「入らんかったらよかった」と思いながら席に着いた。
そこで「日本酒好きなんですか?」とお喋り好きのご夫婦に話しかけられた。
そっから、日本酒のこと、家族のこと、仕事のことなどめちゃくちゃ話されて、それににこにこ話しながら、楽しいな、と思った。
私は。
本当は、お酒を飲みながらラジオを聴く予定だった。そのつもりで2時間のラジオをダウンロードしたのだ。でも、さすがに「話そう」としているひとを前にイヤフォンは失礼だろうと、イヤフォンをテーブルの上に放置して喋る。
そしたら怒涛で話されて、奥様が嗜めたりしながら「ああ、ラジオ聴きたかったな」と思いながら、それでも「この時間が楽しいな」と思った。予算はある。あるので、長居はできない。だけど、だけどだ。そうして、いろんな嬉しいこと、好きなことを話して、人と関わろうとする人が愛おしいな、と思った。
人と関わろうとするご夫婦は、もちろん私だけではなく、店員さんにもにこにこと嬉しそうに話しかけていた。
好き嫌いは分かれるだろうけど、私はそれが無性に、嬉しかったんだよな。なんでもない話をした。私とも会話してくれながら、そのまま流れるように店員さんと話すその様子にけらけら笑ったりもした。聴きたかったラジオはほぼ聞けなかった。でも、それでよかった。
推しのこと、仕事のこと、娘さんのこと。美味しい日本酒。そういう話をして、それからじゃあまた、と帰った。
帰りながら良かったなあと思う。
家に帰ってぼんやりした。ぼんやりしながら、ラジオを聴いたりYouTubeを見たり考え事をして、生きてるなあ、と思った。
どうにも。たぶん、どうにも、ちょっと疲れてる。もう本当は何をしたらいいかわからない。まじで。何をしたら良いんですか。明日、仕事だって怖いって思う。怖いけど、そうやってやっていく。
生活をやめられたりしないのだ。