もしかしたら、なんて言葉を付けるまでもなく、疲れてたんだなあと思う。
1ヶ月ばかり「やばいな」と思っていたし、そんな日記ばかり書いておきながら何を白々しく、ではあるけど、でも本当にまだ大丈夫だと思ってた。し、事実大丈夫ではあったんだと思う。
だけど、確実に私の視界は狭くなっていたし、八畳もないくらいの狭い部屋のなかで膝を抱えていた気がする。外に出るのは、怖いことなので。
それでも一旦はこの1ヶ月の楽しいを命綱に、閉じきるものか、をなんとか意地でやっていた気がする。とはいえ八畳引きこもりはそれはそれで、しっかりと虎だと思うけど。
今日は朝から家事をもりもりして、歯医者に行き、予定をこなしてとしながら、それでもなんだか「歩幅が合わない」ような気がしていた。今日は、と言いながら最近はなんだかずっとこうだ。楽しいけど楽しくない。何もしたくないけど何かしたい。分からなくなるのでお酒を飲む、みたいなまんま良くないよなあという日々を送っていた。
だからなんか、原稿も進まなかったんじゃないかな。
そんな中、ラジオごっこも一緒にやっているソラちゃんと遊んだ。言い方は難しいけど、ソラちゃんは私の中で「歩幅が合わなくても大丈夫」のひとだ。
正確には、歩幅が自分の中でぐちゃぐちゃになってても会っても大丈夫なひと。いやこれ、なんかひどい言い方だな。
でもたぶん、そうなのだ。
歩幅を合わせなくなったまま、そのくせ素直にそれを言わずに、というか言えずに結果へらへらして、へらへらしていることにうんざりしながら、でも楽しいんだよ、と思いつつ、結局最近はいつも最後の方でへらへらが崩壊する。もう無理だよーって話をしてしまい、そりゃ無理だわ、と言われたりする。
でもその中でも美味しいものを食べて面白いものや好きだったものの話をするのだ、我々は。
そう、してくれてるんだよな、とも思う。
自分のことを「やなやつだな」と思うし「友だちにいてほしくないなー」と思う。
少し前に話題になった、それこそ楽しい可愛い美味しいだけで生きていけない。人の悪意にばかり敏感で、そのくせへらへらはしていて、やなやつ。そしてそれをいつまでもこね続ける自意識過剰なところもある。並べ立てると最低だな。
でも、そんな自分にも友だちがいて、その人たちのことを大好きだ、と思うし、幸せでいてね、と思う。そうしていると、つまりは私が幸せでいなきゃってことだよな、と実感する。
だって、私は友だちなんだから。友だちが傷付くと、かなしい。
話をしながら、お、また間違えそうになってたな、と思った。
話したい、と思う。それっぽくとか、へらへらじゃなくて、やっぱり「今こう思っててさ」を聴いてほしい。やなやつだしサイテーだけど、聴いてほしい、なんだよ。楽しい可愛い美味しいだけじゃなくて、本当にごめんなんだけど。
だけど、嫌なことも楽しいこともシェアして、そうしながら「生きてるな、お互い」と思ってきたんだなあと今、ソファに寝転がって考えている。それって、かなり、心強い味方じゃないか。人それぞれ、本当にそう、人それぞれなんだけど。そして、もしかしたら、多少の無理をさせてしまってるのかもだけど。
でも、八畳の外の世界の方が面白いかもと思うのは、なにも、面白いや楽しいだけのおかげじゃないと、知っている気がするからとりあえずシャッターは開けようと思う。思わせてもらえて、ほんと、ありがたいよ。