アボカドが腐っていたのがまだ悔しい。やっぱり甘かったか、とも思うし、予定がめちゃくちゃ変わったんです、と言い訳したくもある。
月曜に体調不良になったのもそうだし、火曜に飲み会が入ったし。
とはいえ、そこそこ楽しみに、ああ食べようこう食べようと思ってたアボカドが残念な色をしていたのはなんだかもう、悲しかった。
やっぱり好きな八百屋が休みだった時点で見切りをつけるべきだったなあ。そういう意味では、もう一店舗好きな八百屋が近くに欲しい。
あるっちゃあるけど、鮮度にちょっと不安になるような感じなんだよなあ。
難しい、この辺の感覚。信じたくはあるけど。
といじいじうじうじ、食べ終わった後も考えている。
結局こういうのも、うまくいってないことの八つ当たりなのだ。
そんなわけで、仕事がうまくいかず、いかないながらに工夫をしていたはずの先週、今週。にしたって、今週はどうにもダメで、話しながら「ああそうだな」と今日思い至ったりした。
たぶん今、私は人と喋るのがとてつもなく下手だ。
いや、そもそもが下手な人間である。
あるけど、ちょっと前から話してる相手が「何を言ってるか分からない」と思うことが増えた。
ちゃんと聞いてるつもりが、何の話をしていたのか分からなくなる。
要約したり、質問や要求に応えようと思うけど「なんだっけ?」と途方に暮れる。
相手の言葉の意図や意味が掴めないのはあんまりないので新鮮に戸惑っている。
一応、営業色なので、仕事でも当然人の話を聴くしそれをもとに活動して利益を出すことを目指す。でも、何を聴いたか、どういうつもりで言っていたか分からない。
分からなさすぎるな、と戸惑ってるうちにどんどんとどうしていいか分からなくなる。
人と話せないってもうおしまいじゃんか。
それでも昨日たとえば短い時間でも話せた相手とか。思いつくままにしゃべった相手とか。
「あ、まだ伝わる」と思うと嬉しくなる。話したくなるし、この人と話して自分が人間だって思い出そう、と思う。
多少は冗談めかしたけど、かなり本心だ。人間でいるためにも。
本当は、もしかしたら。傷付いているのかも、と思う。ちょっともしかしたら。まじかよ、とうんざりしている。
でも、していてもだよ、と思う。それは「諦めたくない」の気持ちでもあるし、諦めようがないという一種諦めでもあると思うのだ。
まだ答えは、でるだろ。