本当は分からない、と時々、ふとした瞬間思う。
本当は何も分からない。何も正解がわからなく、そのくせ「間違えてる」ことは知っていて困ったなあと思う。
📝宣伝📝
https://tsuku-snt.booth.pm/
ひとまず!会場から送った分の本たちがきたので #COMITIA152 にて頒布した本の通販を開始しました。
(手数料の関係でイベント価格から若干変わってます…すいません…!)
次回イベントは大阪文フリの予定です📕
📝宣伝
今週も、1日お疲れ様でした。
仕事の話ばかりを書いてるけど、そんなつもりはなくて、仕事で埋め尽くされないために始めた日記で仕事の中の物思いばかりを書いてるのはどうなんだ。
ところで。
だとして、今日、週末の「お疲れ様」会をした。
安い居酒屋ではなく、そこそこにお酒もいい値段がする。見たことない原価価格ではない。
そうなんだよなあ、と思いながら、会計をした。
ただ、この金額を出してもいい、と思える。そんなお店だった。本当に、美味しかった。
例えば。
思いつくままに料理を頼んだけど、テーブルの状況を見て、また頼んだお酒を見て、お料理を持ってきてくれるらしかった。
確かに座席数は多くないけど、そんな手間を、この価格帯でしてくれるのか、と思う。
もちろん、料理は美味しい。
そんな料理を食べながら、日々、なんなら、過去、やだった話をする。
エンタメ、とりわけ、映画を観てると私は「やだったこと」を思い出す。思い出しながら「そうなんだよなあ」と考えたりする。
それが必要だったりするのだ。
でも、なんだかそれに近い気がした。
美味しいという非日常でおしまいまでは落ち切らない。その中で「どうしてだろうね」と話して,そうしながら、そうなんだよなあ、と思う。
私は、きっと、こういうことができないし、もっと言えばこういうことしか、できないんだ。
建前や当たり前を問題集程度なら解けるけど、そこから、となると分からなくなる。じゃあ、と引きこもる。そうしてきたからダメなのだ、と分かっているくせに。
じっくり話せば分かる、は、じっくり話さねば、話せなければ分からないと言う甘えなんだよな、と思って、夜道を歩く。しんしんと、悲しい。
帰り道。隣の乗客が楽しそうにジャンケンをしている。そういうのって、いる、と思う。
金曜の夜。色んな種類の理不尽が詰まったなかでは、それは、いる。
なんにもならない、ジャンケンをしようよ。