どうすんだい、と思う。でも、本当はどうするもこうするもないのだ。
でも、「どうしてないとダメ」で「どうしてても変わらないのだ」ということに呆然とすることは、まあ、ある。
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次回イベントは大阪文フリの予定です📕
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どうしたらいいんだろう。
そこそこ飲んだ私に、正気なんてない。とメモしていて、いやそれはあれよ、と思ったりもした。何かに強烈にムカついていた。
いや、何かじゃない。結構明確に色んなことに腹が立っていたし、やってらんねえよ、と思ったりもした。
夕方、嬉しいニュースが入ってそれに寄りかかるように過ごしていた。そう思うと嬉しいニュースってすごい。
難しいよな。気を抜くと全部いやだ、になる。
また久しぶりに「ああなんでここにいるんだろう」と思っていた。なんで。
話が合わない、ということを悲劇的に捉えるのは本当に良くないことで、でも、私にとっては結構切実である。
昔、姉と二人暮らしをしている頃。
眠くなるとテレビを観ながら特に脈絡もオチもなく喋る癖があるらしい、と知った。思ったことをつらつらと話していた時に「つく、もしかして眠いね」と言われたのだ。そうか、私は眠いと、だらだら喋るのか。
喋ることが好きだ。そのくせ、話して、と言われると言葉が出てこなくなる。だから眠気に任せてふわふわと話すくらいがいい。
最もそれは、そこそこ気心が知れてないと無理なんだけど。
今もじっとしているとしゃべりたくなる。無関係なことも含めてわ!と喋りそうになって、でもそういうのって迷惑ではあるからいやいや、とグッと堪える。時もある。
そういうのを、お酒を飲んで、ひたすらぐだぐだと喋っていた。普段理性で押さえつけてるようなことまでも喋って、今ぼんやりと頭が痛い。
本当は、そうじゃない自分になりたい。適切な発言。適切な思考。いやでも、やっぱり嫌か。嫌かも。嫌だから、酒を飲むと喋り過ぎるのか。