今夜は、早く寝なければならない。
明日、仕事に行くよりも早く出る必要があるし。あと、昨日飲み過ぎたせいで深夜に目が覚めて結果的にほぼ起きたままうつらうつらしていたら朝だったので寝不足である。ただでさえ、ここ数週間、無理が祟っている。
と思いながら、洗面所のシンクを磨いた。
ずっと気になっていた。汚れが目立つ。シンクって意外にまめに洗わないといけない。
台所も本当はガシガシ磨こうかと思ったけどそれはなんだかさすがにやり過ぎな無茶な気がして、気になるところだけ歯ブラシでぺそぺそと磨いた。
汚れを落とすことがちょっとでも今日を良い夜にしますように、と思う。
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6月1日東京ビッグサイトで開催のCOMITIA152!むせお(@takikomisan )と合同サークルで出ます!
東2け11a「えす、えぬ、てぃ」
既刊のエッセイも持っていきますが、メインは新刊の小説の予定!小説!出ます!ほぼ書き上がりました!
118ページの「とりあえず一杯のんで」という小説です。これが書きたかったんだ、と思える本にはなりそうで、安心してます。
📝宣伝終わり📝
どうにもこうにも。
決めていることがあった。なるべくこの「日記のブログ」では暗いまま終わらない、ということである。恨みつらみはいくらでも、それこそ、吐いて捨てるほどある。だけど、むしろだからこそ、恨みつらみで、暗いままでは終わらない。読み返して嫌な気持ちになるし、そういうのを読んでもらいたいわけでもないからだ。
あと、アウトプットすると本当になりやすいし。
そんなわけでせめて「まあまあまあまあ」というところまでは持ち込みたい、と思ってる。ずっと。
ところが、今日は昨夜の飲み過ぎから始まり、本調子じゃない体にはさすがに酷じゃないかとぼやきたいくらいに酷い目に遭い続けた。泣いてないから、癇癪を起こしてないから偉い、と思いすらする。
でもなあ、そういうことでもないのか。
伝わらないの話を私は何回書いてきただろう。伝わらないことが苦手だ。だけど、同時に「伝わる」とは思ってない気がする。
例えばやりとりしていて「あ、どうやらこの人は自分と違う理屈で判断、生活してるようですぞ」と思うことがある。そういう時に「こちらの理屈が正しい」と言ったところで平行線、なんにもならないのだ。
なので、「あーそうなんですねえ」とそれなりに話を合わせることに終始している。これでも?ええ、これでも。
でも、そういうことを繰り返せば繰り返すほど「意味ないじゃん!」と思うし、自分が受取手の時を振り返って「受け取れてないんだなあ申し訳ないなあ」なんて落ち込む。申し訳ない、自体も驕りだとして。
伝わらないことに傷付かないってなんだろう。伝わらなくても良いという悟りが必要なのか。でもそれ、結構不健全じゃない?伝わらなくても、と思うなら、伝わりますようにと願わないなら作り続けていけるだろうか。
まあでも、作る人は勝手に作る。それでいいのか。いいのかもしれない。