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MAD HOPE 愛知2日目

星野源のライブに行った。ずっと泣いていて、踊っていて、笑って、揺れて、でもあの時間、どこか平熱を感じていて、それが居心地よく不思議だった。

 

 

 

私は、音楽を楽しむのが下手だ、と思いながらずっと生きていた。リズム感もない、音の高低も実はよくわからない。それが、源さんを好きになって「音楽が好きだ」と言えるようになった。
それから、源さんのライブに行くのを怖いと思った数年もあった。楽しめるだろうか、いや楽しめるに決まってるからこそ、それを正しく自分のものに出来なかったら、自分の人生をしっかり歩けなかったらそんな自分を許せるだろうか。

 

 

そんな私なので、てっきり「星野源のライブ」には、少しばかり行き過ぎた感情を乗せてしまうような気がしていた。だけど、どうだろう、なんだか平熱で、でも、楽しくなかったわけじゃなくて、一体これは、どんな感情なのだとずっと手の中にある、あの音楽に揺れた数時間のことを考えている。

 

 

 

熱気もあった、熱狂していなかったわけでもない。だけど、むしろどこか普段着のような、平熱のような、そんなライブだったことが私は嬉しかったのだ。

 

 


ふと、たびたび源さんが話す阿佐ヶ谷のアパートの一室を思った。
そこで、大家さんに怒られないように音量を抑えながら演奏をしていたという、作曲していたという源さんのことを思った。当たり前に見たことがない、知らない源さんのその頃の姿を舞台上、見た気がした。

 

 

同時に、私はだから彼のことが好きなんだ、と思った。
いつだって、彼が語ってきたように。音楽を、面白いを、心の底から信じて、作ってきた。自分の道を、それが王道だとかあるべきだとかじゃなくて、ただただ「やりたい」で生み出してきた、彼がそこにいたこと。

音楽を好きなひとが、好きな音楽を生み出し続けたこと。

 


決して、良席と言える席ではなく、しっかりと埋もれていて、でも、なんだか、とびきり幸せだった。ここにいて、良かったと思った。


たぶん、あの時間感じた1番は星野源が、生きていて良かった、という感情だった。
何を言うんだと言われるかもしれない。だけど、真っ直ぐにそう思ってしまったから仕方ない。この人が生きていて、そうして、音楽があって良かった。

 

 


それは当たり前に「源さんのため」ではなくて、こういう音楽を作るひとがいる、が嬉しいからだ。私にとって、世界を好きでいることができる、と思う、そういう「嬉しい」だからだ。

 


音楽がなんのためにあるのか、というのはたぶん、人の数ほどあるのだと思うし、それでいいのだと心の底から思いもする。
しかし、あのライブ会場で、まるで小さな部屋の中、話すでもなく、ギターを鳴らす様子を見るでもなく見ながらたまたまその空間にいさせてもらっているような、そんな幸運を味わっているような心地になった。

そうして、そんな平熱での心地の中で音楽を楽しみながら、そうなんだよな、と思う。
そうなんだよな、たまたま、部屋に招いてもらったから、音楽で橋を架けてもらったから味わえた音楽たち。表現、それから面白いと思う心。

 

 

それもこれも、全部、この音楽がなければ成立しなかった。なんなら私に関して言えば、源さんがいなければ、知らないまま、好きにならないままでいた大切なものがこの5年、たくさん増えた。

 

 

世界中にファンがいて、音楽でもお芝居でも、なんなら文でもラジオでも成功しているポップスター。
色んな人に愛され、すごい功績を次々と残す、とてつもないひと。そんな人だと、なんなら人気が出て以降に彼の表現に触れた私は知っているはずで、でも、あの時ライブで、目の前、立ち歌いしていた彼はそんな「ポップスター・星野源」ではなく、いや正確にはそうでもあったけどそれ以上にただただ「音楽をやる星野源」であるように感じた。私はそんな姿を見ることができて、本当に本当に嬉しかったのだ。

 


公を求められる、正しさや代弁を求められる。もしくは「だからこそ」とカウンターを求められたり、ポップさとして定義されてきた。
だけど、新しいアルバムを聴いた時に感じた自由さというか広さ、そこからの穏やかさ。
それが、生身の源さんが目の前で歌う現場体験、ライブで思った。

 

 


ああ、星野源の音楽は、星野源のものだ。

 

 

 

ここから、私たちがリスナーが勝手に受け取ることはたくさんある。あるだろうけど、まず大前提、彼の音楽は、彼のものだ。ずっと。

 

 

私は、そのことが嬉しい。そうして、その音楽で初めて「ああ、伝わってる気がする」と思えたこと。深く下げられた頭に、受け取った、が伝わったなら本当にこんなに嬉しいことはない、と思う。

 

 

星野源、音楽を愛しているんだな、と思う。音楽に愛されているんだな、とも思うけどそれよりも強烈に、愛しているように思った。

それはもしかしたら「これがあるから生きていける」の実感なのかも、と思う。

そして「君もそうだろ」と言われた気がして強く、頷いてる。

 

 


私は、あなたの音楽が大好きだ。
このくだらない世界の中で、まるで宝物のように休ませてくれる毛布のように近くに寄り添って照らしてくれるこの音楽を、私はずっと好きでいたいと思うのだ。




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