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星野源 Star

おしゃれなピアノの音が鳴り響いて、1箇所に集まる。それから、源さんの歌声が響く。
ずっと楽しげなリズムで歩き出したくなるような、踊り出したくなるような、この曲が好きだ。

 

 

星野源6thアルバム「Gen」の中から先行配信されたこの『Star』という曲が私は好きだ。なんとも言えない朝、あるいは少し嬉しいことがあった時、散歩に出かけたら思いがけずいい天気だった時。私は、選んでこの曲をかける。

 

 


この曲を「創るひと」の音楽だ、と思う。それはもしかしたら久しぶりのアルバムで、だからこその感傷なのかもしれないけど、でも、やっぱり何度も聴いて歌詞を手帳に書き写しながら思うのだ。
ただ、こうして文にまとめるために読み返すとそうでもない。明確に「作り手」を想起させる単語はないのに、どうしてこんな風に「創るひと」の曲だと嬉しくなったのだろう。
考えてみた。


1番はサビの部分の印象的な歌詞である

 

君をずっと待ってた


というフレーズの影響な気がする。この君は誰なのか、待っているのは誰あるいは何なのか。
私は、これを最初に聴いて『Hello Song』の歌詞を思い出した。

 

何処の誰か知らないが
出会う前の君に捧ぐ

 

個人的な思い出で恐縮だが、私は源さんを「好きだ」と認識したのは2020年のことである。ちょうど、あの配信ライブ『Gratitude』があった頃。

『Hello Song』の「画面越しでも別いいじゃん!」という源さんの言葉に感動したから、というのもあるけれど、中でもこの曲は印象的だった。

 


星野源、は当たり前に自分の生活の中にある音楽だった。思い入れを持って大好きな『地獄でなぜ悪い』もあったし、何より大ヒットした『SUN』『恋』など、聞こうとしなくても耳に飛び込んでくる音楽に知らず、楽しんだこともある。


だけど、あの年、『出逢った』と思った私にはその「出会う前の君に捧ぐ」に、ああ、と思ったのだ。

 

何処の誰か知らない、だった自分が、こうして音楽で出会った。それだけで、世界って少し変わる。自分の身近、ごくごく狭い範囲かもしれないが、そういう感覚があった。

 

 


だから、この『Star』を聴いてその感覚を思い出した。
音楽を作り、表現で橋をかけながら、それでも伝わり切るとも、分かり合えるともしないけれど、でも、出会う。そんな瞬間を待つこと、待って、ただただ、生み出し続けること。

 

星野源の音楽は、私にとってずっとそうあってくれるものなのかもしれない。
伝わるかどうかわからなくても諦めない。伝わらない、分かる人にだけ伝わればいいと閉じきることをせずにずっと色んな工夫をし続けて、橋をかけようとする。
私にとって格好いい「創る」はそういう形なんだと教えてくれた人の一人である源さんの新曲に、だからこそ私は「創る人の音楽」と思ったのかもしれない。

 

 

また、「君」と同じくらい印象に残るのは星と四季だ。空に輝く星、地球、惑星。
四季の移ろいとともに時間は進む。

終わりがくる、ということを同時に明確にこの音楽は伝える。変わる、進む、咲いては舞い、散る花。

 


終わることができる、死ぬことができる。

そう、「できる」だと思う。終わらなければ、死ななければ、きっとこうは生きられない。
いつか終わるし、死ぬからこそ、変わることができるし、無駄なことができる。
例えば、星と星を繋いで、星座を作ったりだとか。勝手にそこに何かを見出して、影にだってきっと意味をつけて、歌い、踊り何かを描いて創ることができる。そう思う。
好きを、源に。

 


そうやって、やっていける。そう思えるから、私はこの曲を聴くのだ。
きっと。ただ、そこにいる星を人を景色を影を花を
無駄を、終わりを。特別に変えてくれるのは、いつだって君だ。




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