5月に入ったら来月のイベントの告知をやるぞ!と決めていた。せっかく毎日日記を書いてるんだから毎日やろう、と決意して、早速初日に忘れた。そういうとこだぞ。
そんなわけで。
6月1日東京ビッグサイトで開催のCOMITIA152!むせお(@takikomisan )と合同サークルで出ます!既刊のエッセイも持っていきますが、メインは新刊の小説の予定!小説!出るのか?!音楽と文字の合同サークルになりそうですがよろしくお願いします!初東京イベントだ〜!🗼
初の東京イベント(ここ3年でようやく関西の文学フリマに出るようになった)なので、せっかくだし、と小説を書いてる。まだ書き上がってないけれど、個人的に色んなことをもりもりにやってる。
言い方はアレだけど、同人で文を書く、なんていつ次がなくなるかなんてわからない。いや、これはプロも一緒か。素人の文だからこそ、結局、私が「書きたい」と思い続けられるか、そして文を書いてしかも出版する余力があるかどうかだ。誰から頼まれてるわけでもないからいつ終わるとも限らない。
そう思うので、毎回今回が最後でも後悔しないように、ともりもりでやる。もりもりすぎてちょっと後悔すら、する。でもそれが楽しい。それで良いのだ。
そういうくらいの気持ちがないと、たぶん、私は書けない。
仕事でふと上司に「人生でこうなりたい、みたいなのってあるんすか」と聞いてみた。あいもかわらず達成感のない日々で、休みも近付く、締め切りも近付くとなるとバレないようにサボりたくもなる。そんなわけで仕事してますよ、という顔で上司を雑談に巻き込んだ。
上司は「ない!」と元気に答えてから「楽しく生きたい!」とまるで小学生みたいなことを言っていた。でもなあ、結局こういう人って強いんだよなあ。
「それはそうっすねえ」と頷きながら、逆に聞かれたら困るな、と思った。
最終的に人間って死ぬことにしか興味がいかなくなるんじゃないか。
いや違うな、これたぶん、絶対誤解される。今あなたが想像した内容はすべからくたぶん違います。そうじゃなくてだな。
そうじゃなくて。
生きたら、死ぬことだけは決まってて、だったらどう終わりたいか、を考えるべきで。かと言って最後だけ取り繕うなんて土台無理なので、じゃあ、どう生きる必要があるか、みたいなやつだ。
楽しく生きたい!の上司はそういう意味では「あー楽しかった!」って終わりたいんだろう。いいなあ、それ、最高じゃん。
私は数年前の好きなラジオのトークよろしく、「よく死にたい」と思ってる。
誰かがちゃんと、寂しいと泣いてくれて、かと言って出会ったことを後悔もされず、でもなんだかんだいいやつだったよね、みたいに振り返られたい。何でもない瞬間に思い出してちょっと笑ってほしい。
そう思うとなーやっぱり「良いやつ」でいる方がいいんだよな。ご機嫌でなるべくいるのと、あと、出来たらそれなりに人と関わった方が良さそう。
なるほどなー結構ハードルあるよな。
でもうん、私はそれがいいな。