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ラジオというサンクチュアリ

不思議なくらいぽかぽかとあったかい気持ちというか「大丈夫だぞ」という気持ちで1日を過ごした気がする。それこそ、ここ最近一の心強さと言っても過言ではない。変なの、と我ながら思う。好きなラジオをリアルタイムで聴いただけだ。たったそれだけのことで、私はそわそわニヤニヤ、幸せになっている。
でもなんだか、それ含めて嬉しいのだ。
そんな人からしたら「些細な」と言われるようなことが自分にとって大切だと実感して、それが本当に嬉しい。

 


今週はスペシャルウィーク。ラジオの聴取率を測るそんな週の星野源オールナイトニッポンは、ゲストにARuFaさんとダ・ヴィンチ恐山さんを呼び、3人で深夜のファミレスで話す回だった。


 


冒頭の「ファミレスはサンクチュアリ」だったという話にまずつい、にっこりとしてしまう。
もしかしたら意図せずだったのかもしれないけれど、その「サンクチュアリ」という表現は3人が直接出会うきっかけになった源さんのファンサイトでの鼎談の中で、ARuFaさん、恐山さんはじめとするオモコロに対して向けられたものでもあった。
なので、そんな二人を呼ぶファミレスをそう源さんが言い表しながら、思い出話をするオープニングトーク。なんだか、嬉しくなったのだ。

 

 


そこから二人が合流し、物作りについて、好きな作品についてなど自由に、それこそ綺麗に順番立てられてではなくて、思いつくままに話す、その雰囲気は、まさしく「友だち」の会話で、しかも、「不可侵」的だったようにも思うし、それは、「サンクチュアリ」だよなあと頷いてしまう。
そういう場所をこうして盗み聞きさせてもらえるのが嬉しい。全ての話を理解できなくても、いやむしろ理解できないからこそ、そういう場所が存在していることを噛み締めて嬉しくなる。
そんな場所は、絶対にあった方がいい。理解されるとか伝わるとかじゃなくて、居心地がいい場所、内輪。思えば、ラジオってそんなものだとこれまで私は何度も何度も、思ってきた。

 

 

うん、そうだ。たぶんそんな感覚が、今日一日続いた安心感や心強さのもとなのだ。

 

 


源さんは匿名ラジオはじめ、ARuFaさん、恐山さんのことやその人たちが作るものが大好きで相槌やエピソードからその「好き!」がものすごく伝わってきた。それがまず、嬉しい。
源さんの「好き」の話が好きだ。これが面白いんだ、最高なんだと熱量を持って話す。その声を聴いていると私は不思議と安心する。
同じように好きなものだと「分かる!」と嬉しくなるし、知らないものでも見たこともない景色の素晴らしさを聴いているような気持ちになってウキウキする。
そしてARuFaさん恐山さんも驚くようなテンポの良さで楽しそうに話す、そんなところも大好きだ。熱心なリスナーではないものの、時々匿名ラジオを聴くようになった身としてはやっぱりこの二人は「面白い」の権化だと思うし四六時中、「面白い」に向けて延々と頭を動かしている、そんな気配にワクワクする。

 

 


ああ楽しいな。楽しいと面白いも、こんなにあるんだ。
それが意味があるとか人気があるとか、もちろんそれを「どうでもいい」とまでは思っていないかもしれないけど、それより何よりはち切れそうな感覚を持って「つくる」ことをする人がいるということが何より私は聴いていて嬉しかった。

 


そんな話をラジオで聴くこと。それも、私にとっては特別だ。
音だけのコンテンツ。その人たちの表情も情景もわからない。なんなら慣れていなければ「今誰が話しているか」もわからなくなってしまう。
でも、そんなラジオだからこそ、分かることがあるんだよな。

 

 


私は普段、ラジオは大体タイムフリーで聴く。好きなラジオたちは深夜ラジオなので、今回のようにリアルタイムで聴きたければ気合いと周到な準備がいるのだ。
でも、久しぶりにリアルタイムで聴きながらどちらも違った良さがあるな、と思った。

 

 


リアルタイムで聴いていると「どこかとの地続き」をいつもより濃く感じた。同じ時間、パーソナリティが喋っている。何より物凄い数のリスナーが、どこかで聴いている。その存在をリアルには感じないけれど「繋がってる」ことは分かる。
別にTwitterの実況どうのやリアクションメールの有無ではなくて、なんとなく「ああ一緒に聴いてる」と思う時が何度かあって、それがまた、心地よくて嬉しかった。

 

 


かと言って、タイムフリーで聴くと「繋がり」がないかといえばそんなことはない。
確かに誰かが奇跡的に同時に聴いている、なんてこと、かなり確率としては低いだろう。また、当たり前だけどパーソナリティはそこにはいない。
いないんだけど、私にはこのタイムフリーで聴いている間、ある意味ではパーソナリティがリアルタイムで聴く時とは違った近い距離に感じることがある。
そこにいて、一緒に話しているような錯覚、自分に向けてる言葉に感じてしまうような距離感。

 

 

リアルタイムとタイムフリーでこんなに感じ方が違うと思わなかった。
いずれにせよ、現実や他の媒体では感じられない距離と関係性だと思う。
だけど私には、これがいるのだ。この感覚がある。そう強く強く思う。

 


伝わるか伝わらないかギリギリのこの感覚のなか、私なりの聖域で、私は大きく息をする。そうすれば、まだもう少し頑張れる気がするのだ。




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