自分の住んでない街は時間がゆっくり過ぎる。
不思議だよなあ、いつもなら仕事で胃をきりきりしてるのに今日はぼんやり好きなことのことしか考えてない。聴いたはずのラジオも「あれ、こんな話してたっけ」と思ってちょっと疲れてたのかも、と改めて思う。
深夜バスでゆっくりと東京に向かうのが好きだ。たぶん、決して健康にいい方法ではないだろう。
なんなら、最近「年甲斐もなく」なんて思われてないだろうかと不安になったりもする。しょうもなさすぎる、と自分に思う。そういう自分のこと、そういう思考の人のこと、普通にちょっと軽蔑してるくせに。
でもたぶん「軽蔑」するのは身に覚えがあるからだよ。
なんてことをつらつら考えながら早朝の街をぼやぼや歩く。
嬉しいなあ。
今日は高校時代の友だちたちと遊んで好きな劇団のお芝居を観るのだ。
そう思いながらドーナツを齧った。ぼんやりしている。
耳元で好きなラジオを流して「あれやろう」「これやろう」を一旦全部無視した。いい意味で半分寝てるみたいだ。現実だけど現実じゃない。
先月も幽霊ごっこみたいだなあと思ったけど毎度、そんなことを考える。
それからの1日は、夢みたいだった。
好きなものがたくさんあったな、と確認したし、生きてきたな、とも思ってる。
友だちと色んな話をした。近況、思い出話、なんでもないこと。これまでとあの時と、実現するかも分からないいつかのやりたいことの話をする。
私は、友だちのことがめちゃくちゃ好きだ。
執着というならたぶん、私は友だちに一時期すごく執着していてそんな自分が嫌いで癇癪を起こしていたこともあった。それから数年。試行錯誤と広がった世界で、今は適温だな、と思う。変わらず、大好きだ。
だけど、私の世界はここだけではない。そう信じられるようになったし、実際、そうだと思う。
夜はお芝居を観た。再演で、大好きで大切なお芝居だった。
全くめちゃくちゃ傲慢だとも思うけど、私はあんまり「この話分からなかったな」と思うことが少ない。でも、ふと今日(これは最近の好きなものの影響もあるけど)本当は「分かったような気がしている」だけでは、と思った。
それくらい、あの頃見えなかったもの、受け取れなかったものが観えた気がした。
あの頃の自分の感想を間違っていたとも思わない。あの時の自分も精一杯に好きなお芝居を受け止めていた。
でもあれから色んなことがあったり、歳を重ねたりしていたから、今日、あの景色を見れたんだなぁ、と思う。それって、ちょっとすごいことだ。
好きって、まだまだ奥行き増えることあるんだ。
それって、すごくないか。嬉し過ぎやしないか。
続ける、ということを思う。続けたから、続けてくれたからの、今日なんだ。
深夜バスで帰る。雪道をぐんぐんバスは進むんだろう。
そうして過ごす時間も、私にとっては大切な時間になる。ずっと、今日のことを思いながら帰る。そんな道中が、私にとっては大事なんだ。