目があった。
どんな顔をしていたかは覚えていないけど、強烈に「目があった」と思ったことは覚えている。なんだかそれがすごく良かった。
変わらずチョコザップには通い続けており、最近はちゃんと腹周りが気になりだしたので(かなしい)再びちょっと頑張ってる。というか、今月サボりがちだったからここでやらねばと一念発起した。
とはいえ月末週末、その他諸々。心身疲労困憊、気持ちも荒んでいて、久しぶりに日本語ラップを気持ち大きめでイヤフォンから流して帰る帰り道。なんでまた週末も仕事すんだまじで。いい加減にしろ、という気持ちと、でも、頑張ってはないんだよなあ何も、の気持ちと。
そういうのの積み重ねで、さすがに今日はジムをサボっても良いのではないか、それでなくとも3日は毎日行ったのだ、と思った。
けど、ここで行けると脳汁が出るんですよねー行くだけね、いったんね。
そう言い聞かせて騙し騙し入ったジムのオープンロッカー。その奥にぬいぐるみが両手を広げていた。かわい。どうしたお前。
誰か持ち主が励まされたくて持ってきたんだろうか、と想像する。
運動を頑張りたいけど、誰かに励まされたくてそれで家の中の友だちのこの子を連れてきたのか。そう思うと両手を広げて笑ってくれてるのがいい。終わったら「おつかれ!がんばったね!」って言ってくれそう。最高じゃん。いいなー。
そういや私も、近頃仕事にだるまを連れて行っている。
推しのグッズであるそれは笑っていて手触りがいい。落ち着きがない人間なので仕事で興がのるとうろうろと動き回るけど、最近はそれだけじゃなくてだるまを撫でるようになった。そうですねえ、それはですねえ。と言いつつ、だるまのラインを撫でる。
仕事中「もう嫌だ」と思うことが多い。
好きな部分ではあるけどどうしたって「分からない」と向き合い続ける。いつだか、元ジョウシと立てた目標を思い出す。私は私が嫌いな人間にならないように、好きでいれるようにこの仕事をする。
自分だけに引きこもらないで、きちんとする。
自分の世界だけじゃなくて相手にも同じように相手にだけ見えてる世界があるってしっかり認識して、それで、ちゃんとお互いの世界を壊さずにいれるように。
そういう意味ではこの仕事はめちゃくちゃぴったりで、そして地獄である。「無理だ」と思う。こんなに人間がいるんだから、土台、無理だ。鎖国だ閉鎖だ引きこもりだ。えーいほっといてくれ!!!!!!!!!!!!
そう思うたびにだるまのにっこりの顔を見る。
そうだよなあ。そうだよなあ、いやだ!!!!!!を無理やり殺す必要はないけどそれでも、だよなあ。それでも、と思って、そういうのが私は好きなんだよなあ。
考えてだるまを撫でて、息をする。
そうして仕事をするのが存外、好きだ。
目があったあのぬいぐるみの持ち主ももしかしたら、そんな感じなのかも。
良いな、良いよな、そういうの。勝手にわかるぞなんて思ったら嬉しくなって、気が付けば意外にしっかり運動できてしまった。