今日は会社の飲み会だったので、とりあえず更新できるように思いついた書きたいことをメモしておいた。
あり得ない寒さだ。大寒波らしいということに深く納得してしまう。そうだよな、寒い。
布団に潜ったはずなのにめちゃくちゃ寒い。鼻が冷える。
寒い時に冷える鼻が好きだ。いや、好きではない。「イッッ!」とは思うんだけど、それはそれとしてそのいやだな、含めて冬を実感してしまいそれが好きだ。冬っていいよなあ。やっぱりなんだかんだ、死ぬかも、というハラハラ含めて冬が好きだ。
まあ、落ち込みやすいし、そもそも死ぬかも、ほどの寒さじゃないから好きだなんて言えてるのだとも思うけど。
好きなカフェがある。
少し前、体調を崩した時にお世話になったコーヒーのお店で、不定期にしか開いていない。なので、情報収集のためにもインスタをフォローしている。
二人組でやっているそのお店は、最近お店の情報以外に店員さんの写真をあげる。真剣な顔で準備してたり嬉しそうな顔。
ふと今朝、そんな様子を見て無性に嬉しくなった。それは好きな店員さんが嬉しそう、ということもだけど、これ。撮ったひとの目線を感じる写真だからだろうな。
いいな、と思った瞬間を分けてもらえるような写真、良いなあと思う。
誰かが誰かを思ってる光景に自分は思ってるより癒やされるのだ、と気付いたのはほんの少し前だ。
今日通勤路で転けたひとがいた。ずいぶん目線の先で駆け寄るには間にたくさんの人がいて、立ち上がるのを見守るしかできなかった。
こういう時、と思う。
私は日々、もっともらしく「良い奴でありたい」なんて言うけど、こういう時、駆け寄る自分でいれるだろうか。
今日は、距離があったから。間に人もいたし、怪我はしてなさそうだったし、駆け寄ったら迷惑かもしれないし。
そういうもっともらしい理由をこしらえてみせる自分が憎い。良いやつに、遠いよなあ、と思う。
本当は、と過ぎる。本当は、こういう人間だ。でもちょっとだけ思う。そんなに自己卑下しないといけないのか。
派手に転んだひとに手を差し伸べたい気持ちも、ちょっと躓いたひとに手を差し伸べたい気持ちも確認する。いずれにせよ、たぶん、私は「そうされたかった」なんだよなあ。
せめて「そうされたかったかどうか」で判断できてますように。それはそれでもクソだけどさ。でも、せめて、格好がつくつかないで判断してるよりかはマシだと思う。
人の思い出を忘れてしまってる自分に気付いた。その罪悪感をちょっとだけ持て余してる。
ああ、そうだよなあ、と思う。自分の大切が自分の中だけで完結してるのと同じだ。でもそれを責めたくない気もする。
何より、相手は絶対、気にしていないのだ、こんなこと。
あのまずい冷凍きのこ、解凍してめちゃくちゃ刻んで挽肉と炒めてからオムレツにしたら美味しいんじゃないか。今度、試そう。
そう思えた瞬間があったことは、今日の最高の一つだと思う。