今日は日記じゃないです。なぜなら気が付けば一日が終わってたので。でも一日考えていたことについての文なのでやっぱりほぼ日記なのかも。
あとは今日はひたすらカヌレの食感はもち、なのか、じゅわ、なのかも考えていました。
いつも通り、すっかり習慣化しているラジオを再生してからずっとびりびりと興奮している。すごい、凄すぎる。こんなに「私がこのラジオを好きな理由」が詰まった回があるのか。
これまでも何度も「これは神回」だと思ってきたし、実際、繰り返し繰り返し、ことあるごとに聴いてる回もある。
だけど、その中でも分かりやすくガツンとした好きな回だった。
「俺たちは2時間のラジオは出来る」
かまみくはご新規のリスナーも入りやすいように、と定期的に(大体たぶん年度ごと)にラジオ名が変わる。そしてこの「作業用かまみく」とは2021年のラジオタイトルである。
「○○の作業のお供にこれくらいの長さの配信を頼んまぁ(このかまどさんの言い方毎回やるわけじゃないけどめちゃくちゃ好き)」というリスナーのリクエストを受けて毎週の放送時間が変わるというこのシリーズ。
かまみくを聴き始めた初期、中でもよく聴いていたシリーズだと思う(とはいえ基本的には完全ランダム再生をしているので、自分が何割くらい聞けているかは定かではない)
それは、○○の作業のお供、というリクエストにリスナーの生活を知ることができるのが楽しいというのもある。
「こんな人も聞いてます」という箔をつけるためにリスナーから自己紹介を募るコーナーも大好きだったけど,やっぱりラジオって「リスナー」の存在もでかい。
前提その人たちの喋りを聞きたくて聴いているけれど、同じものを好きな人たちが「生活」してる様子を知ることが出来るのもたまらなく楽しかったりする。
さて、そしてこの2021年6月4日にこの回は2時間越えの超長め回である。
そもそもかまみくはオモコロで配信中のラジオの中でも長い方ではあるけれど、そうだとしても長い。大体普段はこの半分くらいの長さだ。
この長さは「リハビリのお供」としてリクエストがあった時間である。
詳しくは聴いて欲しいけれど、その収録30分前に届いたリクエストメールに応じていくふたりの会話が私は好きだ。その一つが冒頭の「俺たちは2時間のラジオができる」である。
かまみくは大体くだらないやりとりが多くて私はそれに安心してる。くだらないけど人間臭い、しょうもないけど大事だったり大事じゃなかったりする話。
その中でも、ふたりが変わらないというか、自分の感覚として安心して聞けるのは絶対にスカしちゃいけない、イジるイジらないの線引きだ。
例えば作業用かまみくの他の回では就活がうまくいかなくて悩む学生さんからの配信時間のリクエストもあった。私はその回も、嫌なことが重なると聴くようにしている。
深刻ではなく軽やかに、でも決して笑ったりせず、彼らはそのメールに応えてくれる。
かつ、それは直接的に励ますのではなくて最終的に「じゃあその作業のお供になるようなラジオをやるよ」という応え方なのだ。
格好良すぎる。し、WEBラジオというある意味、終わりが決まっていない媒体だからこその強みをフル活用しながらのこの構成に私は何度も痺れてしまう。かっけー、かっけーよ。
面白いラジオかどうか、励ましになるかは保証しない。だけど、作業の間、そばでお喋りはし続けてくれる。
これって、究極ラジオに求めてることなんじゃないか、とふと思う。
ラジオは生活の伴走者だ、とは私の好きな人の言葉を借りての表現だ。だとしたらこの「作業のお供にちょうど良いように」と配信長さが変わるそれは、本当にヒーローみたいな伴走者じゃないだろうか。
そんなちょっとウェットな「好き」だけにこの回の魅力は留まらない。
「生活の買い物」が好きなみくのしんさんのスーパー話や、かまどさんの手のひらの上で転がされるみくのしんさんの話、オモコロ記事の裏話など「聞きたい面白い話」もこの回には満載である。
実際、買い物話は1度目と2度目で受ける印象が違うので聞き返しながら思わずその会話に笑ってしまった。こんなに聞き返しが面白いことある?とも思うし、でも2時間あるからおいそれと聞き返せない……と思いきや、普通に楽しくて気が付けばぺろっと聴いてしまう。
さらには大人気コーナーの「パーフェクト算数教室」もこの回はキレッキレである。
お金の計算に限り完璧な演算能力をみくのしんがあなたのお金にまつわるモヤモヤを解決します
と公式サイトにて説明されるこのコーナーは要はリスナーの「損した」話を受けて一緒にみくのしんさんが代わりに(なんなら相談者が想像しないような熱量で)怒ったりしてくれるコーナーである。
この回でもギリギリアウトなみくのしんさんの計算式とそれに悪態を吐くかまどさんの掛け合いは聞いていて悪態セラピーとでも思うような心地よさがあるし、実際、私は最近何か「あら損したかも」と思う出来事に対面するために脳内でパーフェクト算数教室が始まる。
そうして想像のパーフェクト算数教室でニヤニヤしていると自然と損した、という落ち込みはなくなるのだ。
そんなかまみくの魅力を最大限に詰め込んだこの回。その中でも私が特に印象的だったトークはかまどさんの大学時代の先輩であり、みくのしんさんのお笑い芸人時代の知り合いである武尊さんの話である。
かまどさん曰く、自分の道徳規範など大切なことを教えてくれた先輩が芸人としてロンドンハーツにでたことを前振りにふたりと武尊さんの思い出の話を繰り広げていく。
私はなんだか、そのトークがたまらなく好きだ。
ふたりもラジオ中話す通り、たくさん思い出はあるはずだけど、特徴的な何かはないんだよな、と言い出てくる話題は確かになんでもない食事や些細な口喧嘩(ほぼじゃれあい)の思い出だ。だけどそれをふたりはめちゃくちゃ楽しそうに話す。
知らないのにそれを聴いてると、こちらまで楽しくなってくる。
ふとそうしているとオモコロでの配信スタート直後の「かまってみくのしん」17回でかまどさんが話したエンタメの役割の話を思い出した。
詳しく書き起こしではなく、記憶に頼ってのメモにはなるものの、エンタメの役割の一つに自分には出来ないことを代わりにやってもらう、ということがある。
現実には出来ないこと、自分には起こり得ないことを感情移入したりする相手が果たすから楽しい。
確かその時はかまどさんが好きな友だち同士でやってる配信者さんを例に話していた。
なかなか学生時代の友だちと学生時代の距離感のままやっていくことは難しい。幸いにも私には何人か「そういう友だち」だと感じる人たちはいるような気がするけれど、それはそれで奇跡だと思っているし、だとしてもやっぱり、「友だち」の描写にいまだに心が躍るのはその得難さ、失いやすさを知っているからだろう。
そして、そういう意味でこの回の武尊さんとのふたりのエピソードはそんな「代わり」のよくな、素敵な経験を覗き見させてもらったような、そんな気がしたのだ。
そもそも、かまみく自体もそんな「こんな友だちがいたら良いな」「こんなふうに一緒に過ごせたら楽しいだろうな」のエンタメでもある。
時々こちらが面食らうような関係性とやりとりを見るのが・聴くのが楽しくて私はふたりのラジオを聴いてるんだな、としみじみとこの回を聴きながら思ってしまった。
結局、この回はそんなテンションのままたくさん笑って2時間の時間を駆け抜ける。終わった時、なんだか不思議と私も晴ればれとして元気になってしまった。なんだか、今日はその余韻で一日過ごした。
それが嬉しくて、どうしても日記に書きたくなってしまった。
好きなものについて考え続けるというタイプの現実逃避を私はずっと続けている。
あー楽しかった。