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呼吸

残業でひいひい言ってたら同僚に飲みに誘われた。ところで私はうぇーいが好きではない。どちらと言えば嫌いですらある。
その同僚はうぇーいは好きだが、私と飲む時はオチのない話を一緒に延々と付き合ってもくれるので一緒に飲むのは好きだ。
ただ、今日は「帰る」と決めていて、しかし確実にそいつと飲むと23時を越える。たなると、ちょっと困る。家にいたい、という気持ちをあたためてきた1日の終わりにそのイレギュラーはきつい。

 

ところが「飲み行こ」で見事に酒を飲むスイッチが入ってしまうともうダメである。
飲みたい。でも帰りたい。
結局それをドッチボールした結果、何故か誘ってくれた人とは別の同僚とサクッと飲みにいくことになった。なんでだ。
私はサク飲みも大好きだ。前職だとよく仕事終わり、ビール缶1本分のだらだらをしていた。ああいうの、大好きだった。全然理性ででもどっか緩んだあの空気の中でほんの少しだけ一緒にいる。

 

そんなわけで、全然違う同僚たちとサクッとお酒を飲んだ。1杯だけ。ありがたい。
「飲みの場が好きだから誰かと一緒に行くとかじゃないと飲まない」と彼らが言う。まじか。

私はひとりでも飲みたい。むしろ一人でこそ飲みたい時もある。お酒に合わせて料理を選ぶのも大好きだ。
一人でぼんやり、いろんなことを溶かしながら飲む。家でぼんやり、好きな映像やラジオをかけながら飲む。
それは、飲みの場にはない楽しさがある。


まあでも、飲みの場の楽しさだって分かるのだ。誰かがいるときにしか緩まないお酒のネジもあると思うし。
2日連続お酒の話だし、明日もお酒を飲む。お酒のことちょっと好きすぎるだろ。

 


ひとを好きだという眼差しに救われることがある。ふとそんなことを思った。
本当に最近ひたすらラジオを聞いてる。特に文フリの原稿が終わってからこっち、ずっとだ。
ラジオを聞いてると落ち着く。聞いてるラジオがどれも誰かの関係が濃いからかもしれない。
友だち同士や家族のような、あるいは良き仕事仲間としてのラジオ。またそこで話される誰かへの「好き」という気持ち。

「この人が好きだ」という眼差しを見れると嬉しい。安心する。この世界にはまだ素敵なものがある、と思う。
たぶん、そういうもので私は大きく息をしている。




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