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パンの匂いと結果

出勤路にパン屋がある。朝の通勤の時に時々ふとパン屋の存在を明確に感じる。朝だから焼きたてなのか。チーズの焼けた匂いと小麦の香り、

あの匂いを嗅ぐたびにそわそわわくわくする。嬉しい、と思う。

パン屋ってすごい。幸せを生み出している。

 

 

 

自分の性格というか特性として負け嫌いだとか成果主義がある。まあもう、月末なのでその成果主義がばしばしビリビリひりひりしてる。困るわ〜身体に悪い。

「ずっと優秀」でいようとするから無理があるし、それを選ぼうとする、そのことが地獄を呼ぶんだと言われたらまじでそう〜なんだけど、この荷物のおろしかたがわからない。

どうやったら「結果が出なくても良い」なんて思えるんですか、って聞きそうになる瞬間はあるけど、なんかそれはそのまま聞くと煽りなんだよな。

 

 

一つには、と思う。

いつか、仕事で「あいつは理想論ばっかりで結果も出してない」って言われたこともあると思う。

そもそも理想論も言えないような仕事の仕方して食う飯がうまいんか、と、本気で思うし、それは定期的に口をつきそうになる。え、そんなんでご飯食べて美味しいと思うくらいなら私はご飯なんて食べたくありませんが……?

とはいえ、確かに特に仕事だとお金をもらうので結果も出さずに理想論を言うことは若造すぎる。

やりたいことをやり通すには結果を出すのが最終的に近道なので結果を殴る、になるのだ。

なるから、殴らない瞬間にカウンター的にダメージが発生するんだよなあ。なんかそんなポケモンの技なかったっけ。

 

 

あとはぼんやりした「良い/悪い」の中で数字、とかの結果は納得感がある、もあるんだろうなあ。

学生時代に作ったものでたくさんの人に面白かった、と言われたけどたった数人の大人に「くだらない」と言われたことをずるずるまだ拘ってるのもそういうのかも。そうされて、たくさんの「いいね」をクサされたような気がしてるのかも。いまだに。

 

 

でもやっぱり結果だけではないし、何より自分を大きく怪我をさせることは望ましくはない。

難しいなあ。

でもある意味、そういう「結果」だけじゃなくて自分にとっての大切は多角的なんだ、ってのを確認したくて文を書いてるのかも、とも思った。結果とか数字とか、もちろんそれが伴えば嬉しいけど、それが伴わなくても絶対的に大事なものが生活の中に1つくらいあった方がいい。

それこそ、朝の通勤路のパンの匂いみたいな。




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