心の中、賑やかな声が増えた。納得がいかないことがあった時、はて?と声がする。折れそうな時に大丈夫だ!と背中を叩かれる気持ちになる。俯きそうな時は檄が飛んでくる。その声たちが大好きで、そのたび、私は少し深呼吸が出来る。
春から始まった物語。長かった夏がようやく終わりを見せてきた頃、幕を閉じた。
最終回、懐かしい顔を見ながらそういえば、私は第1週をすごく落ち込みながら見たのだ、と思い出した。
一体何度目だ、と我ながら呆れるが、その時も「面白いや楽しいってなんだっけ?」と考えていた。ルーティンのようにこなす毎日。なんとか入れた楽しみもなんとなく義務感があって、何をしたら抜け出せるのかも分からない。
ささやかな楽しさをなんとか握りしめて、「大丈夫」と言い聞かせる。
そんな中、タイムラインでやけにいい評判が流れてくる朝ドラ。主人公を大好きな伊藤沙莉さんが演じているらしいし、他にも仲野太賀さんに石田ゆり子さん、岩田剛典さんも出るらしい。
せっかくだし、とのろのろ、第1週目の終わり、まとめ配信を観た。あの時確か、アマプラで配信してくれていて、それで比較的見るハードルが低かったのだ。心が躍った。台詞にもお芝居にも、そして画面全体にある「面白いものを作るのだ」という熱量に圧倒され、目の前がぱちぱちと光った。面白かった。
1話から抜群に面白く、強烈なインパクトで各キャラクターたちへの愛着がわく。何より台詞とお芝居の心強さに引っ張られるようにあるいは欠けたところを補われるように夢中になっていった。
はて?と言うこと、戦争の虚しさ、誰かを愛すること、傷つけたときの向き合い方、大切な人の痛みに寄り添いたいと願うこと。子どもと大人、親、家族、誰かと一緒にいること。
後悔していたことはある。もっとこまめに感想を書けば良かった。台詞やエピソードをメモしていたら良かった。大切なシーンが思い出としてたくさんある。
大切で、記憶に残った思い出すエピソードがたくさんあって、だから逆に私は感想が書けなかった。
あの時の衝動のまま、書いてたら良かった。支えられた、力をもらった、大好きだったエピソードのこと。だけど書けずに年末を迎えて、「ああもう、感想なんて書けないかもな」なんて思っていた。
シナリオブックのことといい、後悔が遅い。もっとああしていたら、と思うことに我ながら呆れる。
どれだけ大切な記憶もそういうものだ。薄れて、手垢に塗れて当たり前になる。それ自体は悪いことでもなんでもない。
ただそれで「仕方ない」と思うにはこのドラマは大切すぎた。
ふと30日放送の総集編を観た。
全部を見る時間はなかったからほんの少し。さらにそれは編集され、あのシーンやこの台詞がない!と思いつつ、それでも、涙が出たり「このシーンが」と話せたりする。大好きだった。
なんで虎に翼がこんなに好きなのか、その瞬間にわかった。
私は、この物語の「自分の人生を自分で選ぶ」という、そのことが好きだったのだ。
好きだと言う真っすぐさだけじゃない。
「自分の人生を生きる」ためにその時々で足掻き抵抗して、あるいは多少、無理をしてでも、掴み取ったもの。
そして大切な誰かと一緒にいたい、と思うこと。そのために努力すること、したいと思うこと。そういうものだった。
寅子は、別に初めから法律が大好きだったわけじゃない。世間の「当たり前」にはて?と思い、そこから遠ざかる手段として法律を選んだ。
寅子はただただ、自由に自分で決めて生きることが大好きだったんだ。私はそしてそれに心を躍らせてきた。
それがどれくらい幸せかを描き、そうできない人たちの悔しさや怒り、悲しみを描き、そういうもの全部がいつか良い方に進む。進んで欲しい、そういう世界であって欲しい。そう祈るように願うように、そして何より、そうであるように努力し続けるのだと宣言してくれた。
だから私は、このドラマが大好きだった。私もそうありたいと心から思えるから何度も何度も、毎朝、テレビの前であんなにわくわくしたんだ、きっと。
だからあの時間は、大切だったんだ。
最後、優未のいう「好きなもの」のシーン。
うまくいかず、親としてきちんと出来なかったと後悔する寅子に優未は言う。好きなものがたくさんあること、だから自分はこれからなんにでもなれるのだということ。
好きだ、と思うことはそういう強さがある。
何か好きなものがある。やりたいと思う、抱きしめたいものがある。それは自分の人生を大切にできる、したいと行動するための原動力だ。
ずっと私は私だったのだと思い続ける。信じている。