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Creepy Nuts ONE MAN TOUR 2024

大切すぎて、春に見たライブの感想を今になって書いている。もはや今更とも思わなくはないが、それでもこれを書き終えずに今年を終えるのもな、と思った。


Creepy Nuts ONEMAN TOUR」
名古屋と大阪の2回行ったそのライブが、私は大好きだった。
ライブに行って、行くたびに彼らを好きになる。

この間、佐久間さんのラジオを聴きながらあの曲の解禁が去年の年末だったことに驚いた。
そうか、もう1年経つのか、と思うしまだ1年なのか、とも思う。
世界的ヒットで今まではファンの友だち同士で話すことしかなかったのが、なんなら今年はファン以外の知り合いとふたりの話をするのが多かった。あちこちの有線で流れ、飲み会で盛り上がるのに踊ったりする。すごいな、と思う。
そうか、まだこれ1年の間のことか。

 

それに反比例して、というわけでもないけど、私はラジオが終わったこともあり、話題に出す機会が減った1年だったようにも思う。
それは「ラジオがないと彼らへの愛情が減った」なんて話ではなく(さすがにそう言われたら嫌かもしれない)ただ、機会が減った、ということだ。週に一度、必ず触れていた頃と比べると、の話でしかない。


前なら、こんな状態、ちょっと不安になったりそれこそ「熱が冷めたかな」と我ながら思ったかもしれない。
だけどどちらかというとむしろグツグツ沸くだけだった熱が、しっかりと固まり、自分の中で確かなものになった実感がある。
それは好きになってからの年月が溜まったからというよりもむしろあの春のツアーがあったから。そんな気がしている。

 

春のツアー、私的初日である名古屋は誕生日だった。誕生日に好きなアーティストのライブがある。一旦それだけで今年分の徳を大放出したんじゃないかと思ってしまうようなそんな幸運。

 

誕生日にライブに行った時、色んなことを思って、思い過ぎて何も言葉にならなかった。ただただ、生きててよかった、生きててくれて良かったを繰り返し思っていたことを覚えている。
別に双方死にかけてはいないんだけどそれでも三十と少しの年月を積み重ねていたら大袈裟でもないだろ、とも思う。


「のびしろ」を誕生日に歌った。友だちと勝鬨橋に行ったこと、繰り返し聴いてきた思い出も全部乗っかってまた1を重ねたその日に「俺らまだのびしろしかないわ」と歌う、その気持ちよさに笑い出しそうだったし、どころか結構泣いていた。生きてんなと思ったし、生きていくのだ、と思った。

 

Creepy Nutsに出会ったばかりの頃。
私は結構日々が辛かった。色んなことがバカらしく、自分を痛めつけて仕事をすることでなんとか誤魔化していることがたくさんあった。
ちょうどその頃はラジオの中で彼らもまた仕事に忙殺され、忙しさに管を巻いたり快進撃を嬉しそうに話したりした。時には心配にすらなる毎日の様子に笑ったり頷いたりして、そうして私は彼らのことを大好きになった。

 

今回のライブ。何より1番印象に残っているのはともかく、ともかくCreepy Nutsのふたりがライブが楽しそうだったことである。
MCとかの印象より何よりただただ、ふたりが楽しそうに音楽をしている。これまでだって何度も音楽をやる瞬間のふたりって最高にイカしていて楽しそうだ、と思っていた。だけど、その中でも1番、だった。


3月23日、名古屋で観る彼らは楽しそうで、のびのびしていて、ああ、音楽やってるCreepy Nutsって最高だな、と思った。
思えばかつて天才だった俺たちへの時に配信で、Caseの時に生のふたりのライブに初めて触れて、それ以来、ずっと彼らのライブが大好きだ。
この音楽を教えてくれた友だちに大阪に帰る新幹線のなか、「なんか良かったな」と言っていた。色んなことが変わった。変わったけど、なんか、本当に良かった。このルートの人生で良かった。それは彼らもだし、きっと私たちも。

 

大変さは全然違うことは百も承知だ。百も承知だけど、なんだかあの頃「きついなー!」という彼らの話に勝手に重ねて楽しんできた。それでもやりたいことをやるのだと音楽を続ける彼らに奮起されてきた。
だけど、このワンマンツアーで彼らはひたすら楽しそうだった。あまりにも楽しそうで、気が付いたらこっちもニヤニヤにこにこぶち上がってしまった。
苦しさがなくなった、とかそういうのは分からない。というか、生きているのだから大変なことはそれぞれにあるだろう。だけど、音楽を心の底から楽しいのだ、とライブをぶちかます、そんな彼らに出逢えたことが嬉しかった。
なんだよ、楽しそうじゃん、幸せそうじゃん、と笑ってしまったし、それがなんだか、とてつもなく、嬉しかったのだ。
まるで、同窓会で元気そうな、見たこともないくらい楽しそうな姿を見ることができた、そんな気持ちすらあった。ああほんと、気持ち悪い。だけど、そう思ってしまった。勝手に重ねてきた時間がそんな親しみを覚えさせてしまった。

 


ラジオが終わって、単発のイベントやフェス、ツーマンツアーの生業を経て、ワンマンライブにいった。そうする中でなんとなく、意味合いがどんどん私の中で大きくなっていくのを感じた。

 

そうして5月には初めて彼らのライブをワンマンとして観る友だちを連れて行った。大切な友だちだ。今更、付き合わせてるんじゃないかという杞憂は失礼にすらなる。だけど、それでもやっぱりドキドキしたし、普通に楽しかった、じゃなくて、とてつもなく、で楽しんでほしい、と思ってしまった。傲慢だなーと思うけど、それは正直な欲だった。
結果、隣でめちゃくちゃぶち上がってくれて、そして私もなんなら途中からほとんど気にできないくらいにばらばらに勝手に楽しんで、なんだかそれ含めて、幸せだった。

好きな音楽が広がっていく。好きになった頃、想像もしなかったような景色の中で、だけど、変わらず、大好きでいた。

 

そして今振り返りながら、ラジオの終わりを告げた回で松永さんが言った「近況を伝えるような音楽だから」という言葉を思い出した。私はあの時、そうだけど違うんだよ、と思った。HIPHOPは自分を歌う。もちろんその中で彼らの「いま」を知ることはあるだろう(実際ラジオ後の曲で「あ、今そんな感じなんだ!」と思うこともあった)だけど、ラジオでトークとして聞くそれとは全く意味合いが違うのだ。
今もその時の「違うんだよ」という思いはある。あるけど、それ以上にあのワンマンライブで「こういうことか」と思った、あの感覚を覚えている。

 

世界でバズったことよりも、色んな変化があったことよりも。あのふたりの表情が私の中で1番の変化で、嬉しいことだった。
もちろん、これはファンの勝手な感情だけど。

 

出会った、好きになった頃とは全く違う景色が広がっている。考えが変わったこと変わらないこと、色々あるだろう。
だけど、ある意味で何も変わってないし、あの頃も今も全部がわかるわけではない…分からなくてもいいと思っている。

 

 

この年末、仕事でどうしても折れたくなくてその度に頭の中で鼓舞していた。その時に頭の中で流れていたのは「刹那」だった。
うまくいかないことやいまだに下手くそ過ぎる色んなことに恥ずかしさと悔しさを覚えては「オトナ」を思い出したし、
仕事前に「オトノケ」を聴いて大丈夫大丈夫と呟いたこともある。時には有線で聴こえてきてイヤフォンをとって聴き入ったこともある。
いつかのMCで言っていた「あなたの人生の「サントラ」」ということをこんなに実感したのも、今年だったかもしれない。
今までは言葉として寄り添ってくれる瞬間が多かった。それが音楽として、彼らの生業の表現たちが私の人生を彩ってくれた。

私は、そんな毎日が好きだった。


ラジオの終わりから2年かけて、彼らの音楽が好きだと実感した。それは人柄への愛着ではなく(もちろんそれだって大いにある。やっぱりあの時のラジオへの感謝も一生忘れないだろうし)ただただ、「この音楽が好きだ」という感情だった。こういう好きにもなるのか、と我ながらちょっと驚いている。驚いているし、なんだか嬉しい。

 

この音楽は、きっとずっと自分の人生で流れ続けてくれるのだ。




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