読んで大丈夫だ、と思う漫画だった。
自分の感想の前に好きな人の感想を挙げるのもどうかと思うけど、振り返って「ああこの漫画を私の好きな人たちが好きなことが本当に分かるな」と布団の中で嬉しくなる。
そりゃ好きだ。そして私も、物凄く好きだ。

勧めてくれた友だちに後半、感想を送りながら読んでいたんだけど、我ながら読み返していて様子がおかしくて笑ってしまう。
でもあの頃の中ではこの漫画を読んでいる時が1番イキイキしていたかもしれない。
※普通にネタバレがあります※
チ。-地球の運動について-は物凄く広大で、そしてごくごく限られた、というか身近なものを描いていた。そう思う。
まだ地動説がなかった時代。なかったどころか「地動説の可能性ない?」なんて言おうものなら命を落とす時代の物語。
最初に衝撃を受けたのは次々とキャラクターが死んでしまうことである。いや、キャラクターが死んでしまう作品にはある程度読んできたと思う。思うけど、なんせこのチ。は主人公が死ぬ。バンバン死ぬ。死んで主人公が引き継がれていく。
こう書くと魂や志が引き継がれそうだけどそんなことはない。全く別の、時には無関係の人間が主人公になり、物語はずんずんと進む。
物凄い時代だ。
階級制度があり、差別があり、人の命は軽い。だけどそれはただ「遠い昔」というには少し身近な感覚すらあって、それはそれでクソだな、とも思う。
例えば最初の物語。
賢く優秀な少年の「人生ちょれ〜〜〜〜」というあのシーンを私は今でも時々思い出す。特に仕事中とか、しょっちゅう思い出す。
チョロい。
ある程度、枠をはみ出さないように褒められるように、ポイントさえ押さえていれば、人生はあっさりとうまくいく。無味無臭でつまらなく味気ないかもしれないが。そしてそれは、どこか馬鹿馬鹿しく滑稽だ。
だけど、だからなんだ、とも思う。
そうして「チョロい」と軽んじながらでもそうしていくしかない。だって、そうじゃないと最悪死ぬ。なんせ、人の命は紙よりも軽い。
そのことを誰よりも知るからこそ、「ちょろい」ように生きる。賢くスマートに。それは切実な生存戦略だ。
それ自体を悪いとは私も全く思わない。むしろ共感すら(もっとも私はチョロいというほど器用には生きれていないけど。でも「はいはいこうしてればいいんでしょ」と思うことはある)覚える。
だけど私はその後の彼の人生がハードモードになってからの物語が強く記憶に残ってる。
生きていくことだけでも大変なのに、でもその大変をさらにハードにしてでも欲しいものがある。
その欲しいもの、はお腹も膨らませない。なんなら触らない。だけど、それが人生に必要だと思う。
そうじゃないと、生きていけないとすら思う。
そんな熱量に突き動かされ、時には命を落とす。あっさりと。酷い死に方の時だってある。
だけど、それが悲しいとは思わなかった。
物語で誰かの死を見送ってこんな気持ちになったのは初めてかもしれない。
もちろん、生きててほしかった。生きて本懐を遂げるところを見たかったと思ってる。
だけど、それ以上に彼らが彼らの人生を生き切った。そのことが無性に嬉しかったのだ。
なんのために生きるのか、なんてことをわざわざ大袈裟に語ると嘘になる。自分や他人を騙す。
だけど、ささやかででも切実な、他人からみたら訳のわからない筋の通らないことを生きる理由にしてしまうことがある。そんなものを捨てたらもっと賢く生きられるよ、と呆れられる。そんなことはわかってる。分かってるけどこれがよくて、これじゃなくちゃダメなんだ。
そんなおかしさを「意味はある」と言ってくれた、何より「美しいのだ」と示してくれた。
私はそんな気がしてこの作品が大好きなのだ。
最後に。ロゴがあまりにも好きすぎる。
ああこの漫画のタイトルロゴは絶対これがいいよな。