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数字と連絡

友だちと何かを食べに行く日、ご飯を食べ損ねる。嬉しいと楽しみに気を取られていたらご飯を食べ損ねて集まって「お腹空いたかも」となる。

こないだそれをやって「お腹空き過ぎると気持ち悪くなるからおにぎりとか食べな」と言われてもしゃもしゃおにぎりを食べた。この歳になっても自分の胃のことがわかってなくて情けない。

 

 

なんとなくの落ち込みって難しい。

原因が分かってるけど解決する類のものではない落ち込みが苦手だ。苦手なくせに見つけるのが得意すぎて困る。

なんとか反応とかいう、あの苦手なものを見た時にぎゅっとなる、あの感じに似てる。

そういうのが積み重なると蓋が開く。

やばいかもの気配はあったけどまあいける、と思って無視したら蓋が開いた気配がして困ったな、と思ってる。

 

 

自分の感覚を信じ過ぎているから良くないと言われるけど本当によくないのは、本当には信じきれていないところじゃないか。

だから外の音をよく拾う。

自分はこうなんだ、と胸をはれないくせに誰かの言葉を聞くのは下手で、そのくせ他人の評価をともかく気にする。

 

 

いらないと思っていた。いちゃダメで、おかしくてそれは社会もそうだけど、親しい相手との関係性の中にも気を使わせてるポイントだとか面倒だと思われてるポイントを一つ一つ積み上げて数えて、怯える。

そう怯える。たぶんあれは怯えなのだ。怯えるくらいなら考えなきゃ良いのにと言われるまでもなく私が思う。

営業をなんで選んだの、と当然面接の時に聞かれる。

ひとつは、ひとよりもたぶん「営業として喋る」が得意だからだ。星野源が言っていた。人よりも少ない努力で(それは努力しないではもちろんない)うまくできることを天職という。ニュアンス大盛りの言葉だから実際には違ったかも。

ともかく、私はそれを聴いて「あ、なら私は営業の仕事が天職かも」と思った。数字のプレッシャーも嫌いだし、人と喋るのも好きではないけど、でも、たぶん、これは天職。

あとひとつ。数字は明確なのが好きだ。

学生時代、作った手応えのあるものを「子ども騙し」と笑われたことをたぶん私はずっと根に持っている。だからか、数学は、というかなんなら算数から苦手だけど数字が好きだ。

好きだとか嫌いだとか贔屓だとかが入る余地がない数字。

気を遣っての結果では、なんて怯えも入らないし、数字でだったら「あんな変なやつ(笑)」と笑ってくる相手にも勝てる、と思ってる。

 

 

なんてことを思ってるから極端な成果主義になっちゃうのかな。

 

 

なんか最近こうありたいをよく考える。こうありたい、はここが好きを自分の中から探す作業にもなる。あまりにも外にしか目が開かない時は疲れているのでさっさと寝た方がいい。

 

 

友だちと呼びたい知り合いから、私が9月に出した本を読んでると連絡がきた。

感想はなかったけど、なんだかそれが無性に嬉しかった。誰かの生活に自分の文があって、それをわざわざ(そうわざわざ!)教えてくれる。たぶん私が大事にした方がいいのは、こういうことだ。




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