好きなお茶屋さんがある。
パッケージも味もコンセプトも、その他諸々、大好きなお茶屋さんだ。
近頃では「ただ商品が好き」で無邪気に楽しむには躊躇うことがあるけれど、今のところはそういうこともなく、ただただひたすらに「このお店が好きだ」と思えるお店だ。
私はそこに時々行く。
会員登録しているのもあるし、その会員案内で「あ、ぼちぼち買い足そうかな」と思うこともあって定期的に行く。
今日はちょうどそんな周期で、お店に行った。
むしゃくしゃしていたのもあって何個か気になった商品を買った。
「お茶の香りを確認されますか?」とか、
「この買い方もお得ですよ」とか、
そういう細やかな声掛けに嬉しくなる。
個人的に、店員さんとのコミュニケーションはコンディションによる。お喋りが楽しい瞬間もあるけどそっとしてて欲しい、と思うこともあるし、仕事柄か「喋る仕事をしている人」を見ると体が変に身構えてしまう。
そんなわけで適度に放っておかれつつでも最初に声をかけられたことで「何かあったらまた声をかけてください」という言外のコミュニケーションを関係が生まれるのはありがたい。
ほっとして過ごせる。
そうして買いたかったものを買って、家に帰った。
ぶっちゃけ、だ。
ぶっちゃけ今日は最低な日だった。朝イチから結構しっかり腹が立ち、珍しく静かに怒ってることを外で示してしまい、そんな自分にオエーっとした。謝りはしたし、怒ってないと受け止められたけど、そういうことではない。
家に帰って仕事をしてても頭が変に疲れているし、相変わらず1日も長い。
いくつか仕事をこなしながら来週の予定を確認して、それでもモヤモヤしてる。
それに対して「もうなんとかしてえな!」の気持ちのまま、そのお店の入ってるテナントの問い合わせフォームにお礼の連絡をした。初めてじゃなかった、何かプラスになればいいな、と思う。せめて、何かプラスを生み出したという自信は自分のためにもなる。
数時間後、電話があった。テナントの担当者からだった。
連絡が嬉しかったこと、普段はクレームなどがやはり多いこと、担当してくれた方がとても喜んでくださったこと。
「当たり前のことではあるのですが」
その方はそう言った。丁寧な接客をすること。お客さんが喜ぶように考え、接すること。仕事だから。それはまあ、その通りだ。
当たり前、仕事だから、対価を受け取ってるから。
だけど、思う。
当たり前ではない。誰かが働いていること。
お金を払ったから、「客」だからで成立しているわけじゃない。そこにある私に向けられた好意こそ「当たり前」として受け取ってはいけない、と思う。
それは優しさでも正しさでもなくて「当たり前」と扱われた時になぜかぞんざいに扱われたように感じて、傷付いたことがあるからだ。
感謝すればいい、というわけでもない。ないんだけど、でもせめて、感謝くらいはしたい。
だってそれこそ、当たり前なんだから。
喋ってる途中、泣きそうになって、こちらこそ、とお礼を言って切った。
こちらこそだった。あまりにも。でも、やっぱり、こんなのがいいな。