近年、春闘や賃上げが世間の注目を集める。特に、日本労働組合総連合会(連合)が取りまとめ、毎年、3月半ばから公表を開始する賃上げ率の回答集計結果*1は大きな話題となる。この結果では、主に定期昇給(定昇)相当込みの賃上げ率と、ベースアップ分(賃上げ分)が明確にわかる組合についての集計から、ベースアップ相当分の賃上げ率を確認することができる。
この集計結果は、調査の対象が労働組合であり、労働組合員ベースの集計であることから、例えば、労働組合のない中小零細企業や、労働組合員ではない管理監督者は、通常は集計対象とならない。このため近年、賃上げの恩恵が受けにくいと考えられている中小零細企業の労働者や、就職氷河期世代を含む管理監督者層の賃上げの実態をみるには、より包括的かつ詳細な統計を用いるのが適当である。
そのような統計の代表例として、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」*2がある。詳細な分析を試みる前に、まずはヘッドラインの賃上げ率について、これらの動きを比較する。
賃上げ率の推移

(出典) 連合「春季生活闘争(最終)回答集計」、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」
(注)所定内給与額の2024年は速報値。
まず、賃金統計の結果(所定内給与額の前年比)は、春闘賃上げ率のベースアップ分に概ね相当することがわかる。コロナ期以後の推移は、両者の動きに差があるが、足許は概ね同水準である。
平均賃金の前期差については、以下のような分解式が成立する。
なお、 は(属性
における)
期の賃金及び平均賃金、
は労働者構成比である。最後の式は3つの項に分かれているが、ベースアップ分に相当するのは、この内の第1項である。第2項は、労働者構成変化に伴う賃金変動要因であり、年功賃金のもとでは、労働者の高齢化が進めば一般にプラスとなる。第3項は、これら2つの要因に加えることのできない交差要因であるが、通常は無視し得る。
賃上げ率のうちのベースアップ分を把握するには、本来は第2項の要因は除外すべきであるが、平均賃金の定義上、これを除外することは適当でない。*3
なお、上式において、ベースアップ分は計測されるが、定期昇給を含む賃上げ分を捉えることはできていない。定期昇給を含む賃上げ分は、同一企業に継続して勤務する労働者が1年後に得る賃金の増加分であり、ベースアップ分に加え昇進等に伴う賃金増加が含まれる。またこのことは、統計上計測される平均賃金の前期比は、概ねベースアップ分に相当することも示している。
定期昇給を含む賃上げ分を計測するには、①同一企業に継続して勤務する労働者の、②1年刻みの賃金に関するデータが必要となる。個人別のデータがあればより正確な計測が可能となり、集計データを用いる場合は、より詳細な属性別データを用いることで、原則的には正確性が高まる*4。
ここでは「賃金構造基本統計調査」の集計結果から、学校卒業後直ちに企業に就職し、同一企業に継続勤務しているとみなされる労働者(標準労働者)に関する年齢各歳別のデータを用い、これを推計する。
年齢各歳別の賃金について、つぎのような系列を考えることができる。なお、は年齢(実際には、性・学歴別の年齢)を示すものとする。
例えば、から
へ右に伸びる矢印はベースアップ分の上昇を示す一方、
へ右下に伸びる矢印は定期昇給を含む賃上げ分の上昇を示す。また、
へ下に伸びる矢印は、ベースアップがない場合に昇進等により賃金が上昇する分であり、個人を特定した場合には反実仮想となる*5。
この「定期昇給を含む賃上げ率」について、2020年から2023年まで、賃上げ率としては3回分のデータを用いて検証するが、数式で表せは次のようになる*6。
左辺は定期昇給を含む賃上げ幅であり、右辺は、これをベースアップ分と定期昇給分に分割している。データを用いて上式の寄与度を確認する*7。図には、通常の平均賃金(所定内給与額)の変化率と、労働者構成変化の寄与分も併せて掲載した。
賃上げ率の推移

(出典) 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(標準労働者)
(注)標準労働者とは、学校卒業後直ちに企業に就職し、同一企業に継続勤務しているとみなされる労働者。
ベースアップ分は年ごとに引上げ幅が拡大し、2023年は2%程度となる。これに対し、定期昇給分は安定しており2.3~2.4%となる。これらを併せた2023年の上昇率は4%を超えており、企業に継続して勤務する労働者にとって、当時の物価上昇率(総合で3.2%)の負担感は、それほど大きなものではなかったことが推察される。一方、定期昇給が見込まれない標準労働者の賃金上昇幅は、物価上昇率以下となる。
さらに、これを年齢階層別の寄与度に分解すると、つぎのようになる。
賃上げ率の年齢階層別寄与度

(出典) 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(標準労働者)
(注)標準労働者とは、学校卒業後直ちに企業に就職し、同一企業に継続勤務しているとみなされる労働者。
賃金寄与は若年層ほど高く、50歳台では、2023年にようやくプラスの変化幅となった。一方、定期昇給寄与は、各年齢階層とも安定している。賃金寄与と同様、若年層ほど高く、役職定年を迎える50歳台では上昇幅は低い。
(参考)
- 河野龍太郎(2025)『日本経済の死角 ―収奪的システムを解き明かす』(ちくま新書)
- 鈴木恭子(2024)「どのような賃上げを望むのか? ―企業の枠を超える―」 連合総研レポートDIO No.397
- 濱口桂一郎(2024) 『賃金とは何か 職務給の蹉跌と所属給の呪縛』(朝日新書)
*1:https://www.jtuc-rengo.or.jp/activity/roudou/
*2:https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00450091&tstat=000001011429
*3:連合の回答集計においても、これを除外することはできていないものと推察される。
*4:ただし詳細な属性別データを用いた場合、当該属性区分(層)別のサンプルサイズが小さくなり、層間誤差は小さくなるものの、層内誤差は大きくなる。
*5:添字のはベースアップ、
は昇進(プロモーション)を表す。
*6:推計の対象とする労働者は、各学歴別に、入職翌年の年次から59歳までとする。例えば高卒であれば、入職時の年齢が18歳であるため、19歳から59歳までとなる。なお、中卒はサンプルサイズが小さいため各層別の数値のブレが大きく、全体に与える影響も小さいため除外した。
*7:数式では前期差であるが、図は前期比を示す。
